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第38話:切り裂き魔事件・発生

 穏やかな朝だった。 ダイニングルームには、焼きたてのパンとコーヒーの香りが漂っている。 ヴォルグ製の『衝撃吸収古竜鱗皿』の上で、リリが作った目玉焼きがプルプルと震えていた。


「ジン様、焼き加減はいかがですか?」


「完璧だ。黄身の半熟具合といい、芸術点が高い」


「えへへ……。火加減の調整、練習しましたから!」


 リリが嬉しそうにエプロンの裾を摘む。 平和だ。 数日前の宗教団体の騒動が嘘のように、ここには静謐な時間が流れている。 足元ではラクが、グレンが落としたパン屑を高速回転で掃除(捕食)していた。


「おい、ラク。俺の分まで食うんじゃねえよ」


「みゅッ!(早いもの勝ちだ!)」


 グレンとラクの低レベルな争いを横目に、俺は食後のコーヒーを啜りながら、配達されたばかりの新聞を広げた。 一面記事には、新支部長ミライによるギルド改革の進捗状況が載っている。順調なようだ。 だが、俺の目を引いたのは、その下の隅にある小さな記事だった。


『王都の闇に潜む影? 連続変死事件、被害者はいずれも冒険者』


 見出しに眉をひそめ、本文に目を通す。 ここ数日、深夜の路地裏で冒険者が殺害される事件が相次いでいるらしい。 それだけなら治安の悪い王都では珍しくもない話だが、奇妙なのは遺体の状態だ。


『被害者の遺体は、全身の血液と体液が抜かれ、ミイラのように干からびていたという。目撃者の証言によれば、犯人は「黒い腕を持つ怪物」だったとも……』


「……干からびた遺体、か」


 俺は独り言のように呟いた。 普通の殺人鬼の手口じゃない。吸血鬼ヴァンパイアか? いや、それにしては手口が荒っぽい。 体液だけでなく、生命力そのものを根こそぎ奪い取っているような印象を受ける。


「ジン様? 難しい顔をして、どうされたのですか?」


 リリが心配そうに覗き込んでくる。 俺は新聞をテーブルに置いた。


「少し、嫌な予感がしてな」


 軍師としての勘が告げている。 これは単なる魔物の仕業ではない。もっと悪質で、個人的な怨念のようなものを感じる。


 その時だった。


「みゅ……?」


 パン屑を巡る攻防を繰り広げていたラクが、唐突に動きを止めた。 そして、ブルブルと小刻みに震え始めたのだ。


「みゅ、みゅぅ……!」


 ラクの毛が逆立ち、白い毛玉がひと回り大きく膨らむ。 怯えている? いや、警戒しているのか。 この屋敷に棲み着いていた「不運の淀み」から生まれたこいつは、負のエネルギーに対して敏感だ。そのラクがこれほど反応するということは……。


「……ただ事じゃなさそうだな」


 俺は新聞記事の『黒い腕を持つ怪物』という一文を指でなぞった。 脳裏に浮かぶのは、かつて俺を追放した男の顔。 まさか、な。 奴は再起不能なまでに叩き潰したはずだ。右腕を失い、全てを失った人間に、これほどの事件を起こす力があるとは思えない。


 だが、もし。 その「失った右腕」こそが、何かの引き金になっていたとしたら?


「リリ、出かける支度をしろ。グレン、お前は留守番だ」


 俺は立ち上がった。 平和な朝食の時間は終わりだ。


「えっ? 今からですか? それに、なんで俺だけ……」


「ああ。少し、街の空気を吸いに行く。……血生臭い匂いがするんでな」


 俺の言葉に、リリの表情が引き締まった。 彼女も感じ取ったのだろう。俺が抱いた微かな懸念と、忍び寄る不穏な気配を。


「承知しました。……ジン様の平穏を乱す者は、私が排除します」


 リリがエプロンを外し、いつものローブを羽織る。 不満げなグレンには、「屋敷の防衛も重要な任務だ。昼寝しててもいいから、不審者が来たら叩き出せ」と言いくるめておく。


 王都の闇の中で、何かが蠢いている。 それが俺たちに牙を剥く前に、正体を暴かねばならない。 俺たちはグレンを屋敷に残し、事件の現場となった裏路地へと向かった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


リリの手料理と、パン屑を拾うラク。

平和な朝ですが、外では不穏な事件が起きています。


「不運」に敏感なラクが震えているということは、相当ヤバい相手です。

そして、そんな時に限って「物理担当」のグレンを置いてきてしまったジン。


……嫌な予感がしますね。


次回、現場検証。

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