表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/107

第31話:証拠集めと反撃の準備

 深夜。王都の北区画に静まり返る森の中、『嘆きの白亜邸』と呼ばれていた我が家の窓から、僅かな灯りが漏れていた。広々としたリビングには暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音が響き、テーブルの上にはリリが腕を振るった夜食――厚切りベーコンのサンドイッチと、湯気を立てるポトフが並んでいる。


 俺たちが作戦会議(という名の夜食会)を開き、ほっと一息ついたその時だった。


 コン、コン。


 分厚い樫の木の扉を叩く、控えめだが芯のあるノック音が静寂を破った。


「……こんな時間に、誰でしょうか」


 リリが瞬時にサンドイッチを置き、琥珀色の瞳を細める。その手はすでに、テーブルの下に隠した短剣の柄にかかっていた。部屋の空気が、団欒のそれから戦場の冷たさへと一変する。


「客だよ。俺が呼んだ」


 俺はコーヒーカップを置いて立ち上がり、重厚な玄関扉へと向かった。 かんぬきを外し、扉を少しだけ開ける。ヒュウ、と隙間から冷たい夜風が入り込み、足元でラクが「みゅ?」と身震いした。


 そこに立っていたのは、闇に溶け込むような濃紺のマントを羽織り、深くフードを被った小柄な人影だった。


「……申し訳ありません、こんな時間に」


 フードの下から覗く口元が、寒さと緊張で僅かに強張っている。ギルド受付嬢のミライだった。


「構わん。入れ」


 俺が招き入れると、ミライは素早く屋内に入り、背後を一度確認してから扉を閉めた。暖炉の明かりに照らされた彼女は、安堵したように大きな息を吐き、濡れたフードを外した。夜露に濡れた茶色の髪が、頬に張り付いている。


 彼女はいきなり、俺に向かって深々と頭を下げた。


「ジン様、リリ様。先日は……本当に申し訳ありませんでした」


 震える声だった。


「私が担当でありながら、支部長の暴挙を止められず……お二人の正当な報酬を凍結させてしまったこと、深くお詫び申し上げます」


「頭を上げろ。お前のせいじゃない」


 俺は淡々と言った。


「悪いのはあの欲深なカツラだ。お前が謝る必要はない」


「……いいえ。見て見ぬふりをするのは、加担しているのと同じです」


 ミライが顔を上げた。その瞳には、これまでの事務的な彼女からは想像もつかないほど強く、熱い光が宿っていた。


「私は、冒険者ギルドが好きでした。命懸けで戦う人たちを支え、正当に評価するこの仕事に誇りを持っていました。……ですが、ゴルドア支部長が来てから、ギルドは腐敗しました」


 彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。  それは、ゴルドア支部長の私邸の見取り図だった。


「私に、協力させてください。あの男を……ゴルドアを失脚させるために」


「ほう。覚悟は決まっているようだな」


 俺はニヤリと笑い、椅子を勧めた。ミライは一度頷き、図面の一点を指差しながら、重い口を開いた。


「支部長の不正は、今に始まったことではありません。冒険者の報酬を不当に減額し、差額を懐に入れる『中抜き』。そして、架空の依頼をでっち上げて予算を横領する『空発注』。……証拠となる『裏帳簿』は存在します」


「場所は特定できているのか?」


 俺がコーヒー(ヴォルグ作の衝撃吸収カップ入り)を啜りながら問うと、ミライは頷いた。


「はい。支部長室の奥にある隠し金庫です。ですが、そこには最高ランクの魔導セキュリティが施されています。解除コードを知っているのは本人だけ。無理にこじ開けようとすれば、警報が鳴り響き、帳簿は自動的に焼却される仕組みです」


 なるほど。小悪党にしては用心深い。だからこそ、これまで誰も彼を告発できなかったわけか。


「だったら話は早ぇじゃねえか!」


 バンッ!


 テーブルを叩いたのは、ソファにドカッと座っていたグレンだ。


「俺がその金庫ごと引っこ抜いて、森まで運ぶ! で、ゆっくり壊せばいいだろ? 警報が鳴ろうが衛兵が来ようが、俺が全員ぶっ飛ばせば解決だ!」


「……却下です」


 リリが冷ややかに切り捨てた。


「あなたの案は、ただの強盗です。仮に帳簿が手に入っても、『暴力によって奪われた』という事実があれば、証拠能力を疑われます。それに、運んでいる最中に焼却機能が作動したら終わりです」


「むぅ……じゃあ、どうすんだよ」


 グレンが不満げに頬杖をつく。リリの言う通りだ。俺たちが目指すのは、ただの復讐ではない。ゴルドアを社会的に抹殺し、奪われた報酬を利子付きで回収することだ。そのためには、衆人環視の中で彼の悪事を暴く必要がある。


「北風と太陽、という話を知っているか?」


 俺はニヤリと笑った。


「無理に脱がそうとすれば、相手は着込む。だが、自分から脱ぎたくなるように仕向ければいい」


「……と、言いますと?」


 ミライが首を傾げる。


「奴は今、俺たちを潰そうと躍起になっている。そして同時に、『自分の不正がバレるのではないか』という疑心暗鬼に陥っているはずだ。……そこに、『ある物』をチラつかせる」


 俺は懐から、一冊のノートを取り出した。見た目はただの黒い革表紙の帳簿だ。


「これは?」


「ヴォルグに作らせた特注品だ。見た目は重厚な帳簿だが、中身は白紙。……ただし、特定のページを開くと『ある仕掛け』が作動する」


 俺は作戦の全貌を語った。名付けて、『トロイの裏帳簿作戦』。まず、この偽の帳簿を「ジンたちが極秘に入手した、ゴルドアの不正の証拠」という触れ込みで、わざとゴルドアの部下に奪わせる。


 ゴルドアは当然、それを確認するだろう。そして中身が自分を告発する内容(に見せかけた偽物)だと知れば、彼はそれを「捏造された証拠」として逆利用しようとするはずだ。


「明後日は、月に一度の『ギルド総会』だ。全冒険者とギルド職員が集まるその場で、彼は高らかに叫ぶだろう。『この詐欺師たちは、こんな偽造書類を作って私を陥れようとした!』とな」


 自分の潔白を証明し、俺たちを断罪するために、彼は自らその「爆弾」を会場に持ち込む。厳重な金庫から、わざわざ出してきてくれるわけだ。


「ですが、それが偽物だとバレたら、結局私たちの負けでは?」


 ミライが不安そうに言う。


「ああ、その本自体は囮だ。本命は別にある」


 俺はリリを見た。


「ゴルドアが『偽物の証拠』を手に入れて安心しきっている時、彼の意識はどこに向いている?」


「……ジン様への攻撃と、総会の準備です」


「正解だ。つまり、その瞬間こそが――『本物の裏帳簿』への警戒が最も薄くなるタイミングだ」


 金庫の中身が空っぽ(あるいは偽物とすり替わっている)だと思い込ませれば、彼は金庫の警備を緩めるか、あるいは「念のため」と確認のために金庫を開ける。  どちらに転んでも、そこには隙が生まれる。


「ミライ、お前は総会の準備に追われるフリをして、支部長室の動向を見張れ。奴が金庫を開けた瞬間、あるいは警備が手薄になった一瞬を狙い、本物を確保するんだ」


「……! わかりました。それなら可能です」


 ミライの目に覚悟の光が宿る。彼女もまた、腐敗したギルドを正したいと願っていた一人なのだ。


「グレン、お前の出番もあるぞ」


「おっ、やっとか!」


「総会当日、もしゴルドアが暴走して実力行使に出た場合、その筋肉で場を制圧しろ。護衛対象はミライと証拠品だ」


「おうよ! 任せときな!」


 役割は決まった。あとは、この「爆弾」をいかに自然に奴の手元へ届けるかだが……。


「みゅ〜」


 足元でラクが鳴いた。ラクは俺の手にある偽帳簿を見つめ、ペロリと舌なめずりをした。


 ……そうか。この帳簿自体が「持ち主を破滅させる不運アイテム」だと思えば、こいつにとっては最高に魅力的な餌に見えるのか。


「ラク。お前には重要な任務がある」


 俺はラクを持ち上げた。


「明日の朝、この帳簿を咥えて、ゴルドアの部下の前で『うっかり落とす』んだ。できるか?」


「みゅッ!(まかせろ!)」


 ラクが自信満々に敬礼のようなポーズをした。  リリのAGIにも追いつくこの毛玉なら、捕まることなく任務を遂行できるだろう。


「勝負は明後日の総会だ」


 俺は窓の外、王都の中心にそびえるギルド本部を見据えた。洗練されたロジックと、少しの物理的な「イタズラ」。それだけで、あの傲慢な城を崩落させてやる。


お読みいただきありがとうございます。


いよいよ反撃の準備が整いました。

・論理担当:ジン&ミライ

・物理担当:グレン

・イタズラ担当:ラク


それぞれの役割分担で、腐敗した支部長を追い詰めます。

特にラクの「初めてのおつかい(不運の運び屋)」が成功するかどうかが鍵ですね。


次回はついに決着、「断罪のフィナーレ」です。

ド派手な「ざまぁ」と、予想外の結末をご用意しています。


本日【20:00】頃に更新予定です。

お楽しみに!

------------------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ