第20話:幸運と不運の等価交換
『グオオオオオオオオオオッ!!!』
滅びの古竜が咆哮する。片翼を折られ、両足を岩盤に封じられた最強の怪物は、もはや理性なき破壊の権化と化していた。これ以上の小細工は通用しない。奴は自身の命を削ってでも、この空間にいる全ての生命を消し去るつもりだ。
ズズズ……ッ。
空間が歪むほどの魔力が、ドラゴンの喉元に収束していく。先ほどのブレスとは桁が違う。全方位、回避不能の広域殲滅ブレス。 このドーム状の空間ごと、俺たちを蒸発させる気だ。
「ジン様! 下がってください!」
リリが血相を変えて俺の前に立つ。彼女の『危機察知』が、生存確率ゼロを告げているのだ。いかにAGIが規格外でも、空間そのものを焼かれては逃げ場がない。
「……リリ、お前なら一人で逃げ切れるか?」
「嫌です! ジン様を置いていくくらいなら、一緒に死にます!」
即答だった。健気なことだ。だが、俺は死ぬつもりもなければ、彼女を死なせるつもりもない。
「安心しろ。誰も死なないさ」
俺はニヤリと笑い、視線を横に向けた。そこには、腰を抜かして震えている勇者アルスの姿があった。
「――俺たち(・・・)はな」
俺はアルスに歩み寄る。アルスは縋るような目で俺を見上げた。
「じ、ジン……助けてくれ……! 金だろ? 払う! 国に帰ればいくらでも……!」
「ああ、助けてやるよ。その代わり、少し『荷物』を持ってくれ」
俺はアルスの肩に手を置いた。
「に、荷物……?」
「取引だ。お前が生まれつき持っている『天性の強運』。それを俺に寄越せ」
俺は耳元で囁く。
「代わりに、俺が溜め込んできた『リリの不運』を全部お前にやる」
「は……?」
アルスが理解するより早く、俺はスキルを発動した。
【確率操作】――対象指定:アルス・グレイラット & リリ(ジン経由)。 術式:運命の器の『強制交換』。
ドクンッ!!
世界の色が反転するような感覚。俺の掌を通して、ドス黒い濁流がアルスの体へと流れ込んでいく。それは、リリが生まれ持ち、俺が肩代わりしてタンクに溜め込んでいた「マイナス999万」の呪いだ。国を滅ぼすほどの災厄の種が、一気にアルスという器へ注ぎ込まれる。
逆に、アルスからは黄金色の光が吸い出されていく。彼が勇者として無自覚に享受してきた、世界からの愛。理不尽なまでの幸運。
「が、あ……!? な、なんだこれ……重い、暗い……!?」
アルスが胸を掻きむしって苦しみ出す。彼の視界に見える世界が変貌していく。天井の岩が今にも落ちてきそうに見える。空気中の塵が毒に見える。世界の全てが、明確な殺意を持って自分に向けられているという、原初的な恐怖。
これが、リリが毎日感じてきた世界だ。
「な、なにをした……! 体が、鉛みたいに……!」
「等価交換だよ。お前は今、世界で一番『運が悪い男』になった」
俺は手を離し、一歩下がった。これで俺の中の不運ストックは空になった。だが、心配はいらない。リリという少女は、歩く災厄の特異点だ。放っておけば、またすぐにその小さな体に世界中の不運が溜まっていく。俺の「燃料」が尽きることはない。 だからこれは、ただの「廃棄物処理」だ。
「運というのは、水のようなものだ。高いところから低いところへ流れる」
俺は解説してやる。これから起きる現象を、彼によく理解させるために。
「今、この空間には『致死性の攻撃』という大量の水が溢れようとしている。さて、その水はどこへ流れると思う?」
俺は指を鳴らした。
「答えは簡単。一番『低い場所(運が悪い奴)』に集まるんだよ」
『ゴアアアアアアアアアアッ!!!』
ドラゴンのブレスが放たれた。太陽の表面温度にも匹敵する、極大の熱線。それは本来、扇状に広がってこの場を焼き尽くすはずだった。
だが――物理法則が歪んだ。
熱線は空中で不自然にねじれ、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、一点へと収束し始めたのだ。その先にあるのは、ただ一人。
「あ……あぁ……?」
アルスは見た。自分の周囲の空間だけが、まるでブラックホールのようにブレスを引き寄せているのを。逃げようとしても、足元の瓦礫が崩れて動けない。転ぼうとしても、マントが岩に引っかかって倒れられない。「絶対に攻撃が当たる位置」に、運命が彼を固定していた。
「ひ、嫌だ……こっちに来るな……!」
「光栄に思え、アルス。お前は今、最高の『避雷針』だ」
俺はリリを抱き寄せ、安全圏へと下がる。リリの体からは、今まで彼女を縛り付けていた重苦しい気配が消え失せていた。代わりに、アルスの体からは、視認できるほどの黒い靄が立ち上っている。
全ての不運は、彼に集約された。ドラゴンのブレスも、崩落する天井も、何もかもが、彼を殺すために殺到する。
「ジンンンンンンンンッ!!!」
勇者の絶叫が、紅蓮の光に飲み込まれる直前。俺は冷酷に告げた。
「さあ、見せてみろ英雄。その身一つで、世界の悪意をどこまで耐えられるか、をな」
本日の更新はここまでです!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
勇者の必殺技が暴発し、自分たちを焼く。
そしてドラゴンのブレスが直撃する。
……壮絶な自滅でした。
一方で、リリの鮮やかな一撃。
ドラゴンが「足元の瓦礫で滑って転倒」するという、ピタゴラ的な勝利も決まりましたね。
これで勇者パーティは再起不能。
次回からは、英雄となったジンたちの「凱旋」と、新たな生活(豪邸購入!)が始まります。
もし「スカッとした!」「ざまぁ最高!」と思っていただけましたら、
【ブックマーク】や、ページ下の【★★★★★】評価で応援していただけると、執筆速度がさらに加速します!
(★をいただけると、リリが喜びの舞を踊ります!)
明日も更新しますので、よろしくお願いいたします。




