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第16話:死に至るブラックジョーク

 背後から聞こえてくる勇者たちの悲鳴と金属音は、分厚い石壁に遮られ、次第に遠くなっていった。俺たちが進んでいるのは、かつてこの城を築いた狂王が、緊急脱出用に作らせた隠し通路だ。軍師時代、俺はこのダンジョンの構造を徹底的に解析していた。


 アルスたちが正面突破で消耗している間に、俺たちは王の寝所へと直通するこの道を使って、悠々と最深部へ向かう。


「……静かですね」


 リリが松明の灯りを頼りに、足元を警戒しながら囁く。


「あの人たち、大丈夫でしょうか」


「全滅はしないさ。腐っても勇者パーティだ」


 俺は淡々と答えた。アルスのしぶとさはゴキブリ並みだ。リビングアーマーの群れ相手なら、ポーションが尽きても装備を盾にして泥臭く生き残るだろう。もっとも、その頃には俺たちが「美味しいところ」を全て頂いた後だが。


「着いたぞ」


 通路の突き当たり。豪奢な装飾が施された両開きの扉が、闇の中に浮かび上がっていた。 隙間から、凍てつくような冷気と、濃密な死の気配が漏れ出している。


「ボス部屋です……。気配が、桁違いです」


 リリが短剣を構え、震える声を押し殺した。彼女の『危機察知』が警鐘を鳴らしているのだろう。この先にいるのは、Bランクダンジョンの主。生半可な覚悟で挑めば、魂ごと食われる化け物だ。


「行くぞ。サクッと終わらせて帰るぞ」


 俺は躊躇なく扉を押し開けた。


          ◇


 玉座の間は、氷のような青白い光に包まれていた。広大なホールの最奥、朽ちた玉座に鎮座していたのは、豪奢な法衣を纏った骸骨だった。『不死のノーライフキング』。 アンデッドを統べる高位の魔物であり、生前は大魔導士だったとも言われる厄介な相手だ。


『……生者か。愚かな』


 頭蓋骨の奥で、赤い眼光が灯る。声を発したわけではない。直接脳内に響くような、重苦しい念話だ。


『我が眠りを妨げる者には、永遠の安息を与えよう』


 カツン、と王が杖を床に突く。その瞬間、床から無数の魔法陣が展開し、数十体のスケルトン・ナイトが召喚された。さらに王自身の周囲には、物理攻撃を無効化する強力な結界が張られる。


「リリ、雑魚を散らせ!」


「はいっ!」


 リリが弾丸のように飛び出す。銀色の軌跡がスケルトンたちの間を縫うように走り、次々と首を跳ね飛ばしていく。速い。だが、数が多すぎる。倒しても倒しても、王が杖を振るうたびに新たな骨兵が湧き出してくるのだ。


『無駄だ。死者は尽きぬ』


 王が嘲笑うように杖を掲げる。空間が歪み、巨大な黒い球体が生成され始めた。 広域殲滅魔法『グラビティ・プレス』。この部屋全体を重力で押し潰す、回避不能の即死魔法だ。


「っ……ジン様!?」


 リリが悲鳴を上げた。彼女の速度でも、部屋全体を覆う重力からは逃げられない。 そして俺は、ただ棒立ちでその光景を見上げているだけだ。


『絶望せよ。潰えよ。塵となれ』


 王の詠唱が高らかに響く。魔力が臨界点に達し、黒い球体が膨れ上がる。あと数秒で発動する。勇者パーティなら、ここで全員が防御魔法を展開し、決死の覚悟で耐える場面だろう。


 だが――俺は軍師だ。真正面から魔法を受け止めるような、非効率な真似はしない。


「……長いんだよ、前口上が」


 俺はポケットから手を出した。そして、ニヤリと笑いながら指を構える。


【確率操作】――不運付与。 対象:不死の王。 内容:喉頭蓋こうとうがいの『誤作動』。発生確率100%。


 パチン。


 乾いた音が響いた瞬間。


『我ガ魔力ハ――世界の理ヲ――ゴフッ!?』


 王の詠唱が、唐突に止まった。


『ガッ……!? ケホッ、ゲホッ!? オ、オエッ……!?』


 玉座の上で、威厳ある王が突然胸を押さえ、苦しみ始めた。骸骨に唾があるのかは生物学的な謎だが、俺のスキルは因果律そのものを捻じ曲げる。「唾を飲み込もうとして気管に入り、激しくむせる」という現象を、強制的に発生させたのだ。


 詠唱とは、高度な集中力を要する作業だ。一言一句の間違いも許されない精密な術式の構築中に、盛大にむせればどうなるか。


『マ、魔力が……逆リュ……ゲホォッ!!』


 制御を失った黒い球体が、不安定に明滅し――


 カッッッ!!!!


 暴発した。敵を押し潰すはずだった重力の奔流が、術者である王自身を中心に炸裂したのだ。


 ズドドドドドドドォォォォォンッ!!!!!


 凄まじい轟音と衝撃波。俺はとっさに近くの柱の陰に隠れ、リリを引き寄せた。 玉座の間がめちゃくちゃに破壊されていく。王の周囲にいたスケルトンたちは重力に巻き込まれて粉砕され、王自身も自らの結界の内側で、圧縮された魔力の塊にミンチにされていた。


          ◇


 やがて、砂煙が晴れた。


 玉座があった場所には、巨大なクレーターができていた。その中心に、ボロボロになった王の法衣と、砕け散った頭蓋骨の一部が転がっている。取り巻きのスケルトンたちも、一匹残らず消滅していた。


 完全なる自滅。


「……え?」


 リリが柱の陰から顔を出し、ポカンと口を開けていた。


「な、何が起きたんですか……? あの凄まじい魔法は……?」


「ああ。奴さん、気合を入れて詠唱しようとしたら、自分の唾でむせたらしい」


 俺は埃を払いながら、クレーターの縁に歩み寄った。


「魔法使いあるあるだな。滑舌が悪いのに早口言葉を言おうとするからこうなる」


「そ、そんな理由で……!?」


 リリは絶句し、それから震える手で顔を覆った。


「Bランクのボスが……伝説の不死の王が……むせて自爆……」


 あまりにも呆気ない幕切れ。だが、これが現実だ。どんなに強大な力を持っていても、「不運」というたった一つのバグで、全ては崩壊する。


「さて、戦利品を回収するか」


 俺はクレーターの底に転がっている、王の杖を拾い上げた。『冥王の杖』。強力な闇属性の魔導具だ。売れば城が建つほどの値段がつくだろう。ついでに、王が身につけていた指輪や首飾りも回収する。


「リリ、宝物庫の扉が開いたぞ。そっちも頼む」


「は、はい……!」


 リリはまだ信じられないといった様子だったが、気を取り直して宝物庫へと向かった。そこには、かつての狂王が溜め込んだ金銀財宝が眠っているはずだ。


「うわぁ……すごいです、ジン様! 山のようなお宝です!」


「よし、選別するぞ。マジックバッグがないからな、全部は持って帰れん」


 俺たちは略奪を開始した。狙うのは、嵩張らず、かつ市場価値の高い物のみ。巨大な金杯や重い彫像は無視し、最高級の宝石、稀少な魔導書、そして高額硬貨だけを厳選してリュックに詰め込む。


「……ん?」


 その時、宝の山の片隅に、古ぼけた革袋が転がっているのが目に入った。一見するとただの汚い袋だが、軍師の目は誤魔化せない。そこから漂う、空間魔法の特有の魔力。


 俺はそれを拾い上げ、懐から愛用の『解析のモノクル』を取り出して当てた。


【名称】亜空間の巾着ウロボロス・バッグ 【等級】神話級ゴッド・アーティファクト 【効果】容量無限、時間停止機能付き。


「……ビンゴだ」


 俺は思わず口笛を吹いた。王都で買えば金貨1000枚は下らない、冒険者垂涎の至宝だ。まさかこんなところに転がっているとは。


「リリ、方針変更だ」


「え?」


「この袋に、全部詰め込め。金杯も、彫像も、銀食器の一枚に至るまで、根こそぎだ」


 俺はニヤリと笑って袋を振ってみせた。


「えっ……入るんですか?」


「ああ。この城ごと入りそうな代物だ。……これで帰りの荷物の心配はなくなったな」


 俺たちは遠慮なく、宝物庫の中身を次々と袋に放り込んだ。数分後。そこには塵一つ残っていなかった。文字通り、空っぽの部屋だけが残された。


「……いい気味だ」


 俺は空になった玉座の間を見渡し、小さく笑った。この光景をアルスたちが見たら、どんな顔をするだろうか。苦労してボス部屋にたどり着いたと思ったら、ボスはおらず、財宝も一欠片も残っていない。あるのは戦闘の爪痕と、虚無だけ。


「帰るぞ、リリ。今日はシチューに肉を追加してやる」 「! 本当ですか! やったぁ!」


 リリが無邪気に飛び跳ねる。最強のボスを「むせて自爆」させ、神話級のアイテムまで手に入れた俺たちの足取りは、羽が生えたように軽かった。


今年最後の更新です!

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


敵魔法使いの自爆。

これぞ「確率操作」の真骨頂ですね。

リリもすっかり慣れたもので、連携もバッチリです。


さて、明日はいよいよ元旦。

物語も大きく動きます。

勇者パーティが「詰む」瞬間と、最強のドラゴンの目覚め……。


もし「来年も楽しみ!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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それでは皆様、よいお年を!

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