第102話:最強の幸運
『天空城』の内部は、外観と同じく白一色で統一されていた。 継ぎ目のない滑らかな壁、幾何学的な紋様が刻まれた床。 美しいが、生体反応を一切感じさせない、冷徹な空間だ。
「……静かだな」
グレンが警戒しながら歩を進める。 天使の迎撃部隊は、入り口での攻防で大半を引きつけている。城内にはまだ残存勢力がいるはずだが、今のところ姿は見えない。 代わりに俺たちを待ち受けていたのは、無機質な殺意だった。
「ジン殿、床が怪しい」
カエデが刀の鞘で床石を叩く。
「ああ。このエリア全体が巨大な迎撃システムだ」
俺はモノクルで通路の先を解析した。 視界が警告色で埋め尽くされる。 『存在分解の光』、『重力圧殺陣』、『次元の断裂』……。 即死級のトラップが、隙間なく敷き詰められている。
「ヴォルグ、解除できるか?」
「無理だ。構造が複雑すぎる上に、天理直結の魔力供給だ。爆破しても0.1秒で修復されちまう」
ヴォルグがお手上げのポーズをとる。 ティアが「ひぃぃ、またお祝いモードに変えましょうか?」と杖を構えるが、今回は規模が大きすぎて彼女のバグでも書き換えきれるかわからない。
「……なら、私が通るわ」
沈黙を破ったのは、リエルだった。 彼女は煤けたドレスの裾を払い、コツコツとヒールを鳴らして先頭に進み出た。
「おいリエル、自殺行為だぞ」
「あら、誰に向かって口を利いているの? 私はカジノの女王よ?」
リエルはふふんと笑い、振り返らずに歩き出した。 トラップ満載の回廊へ、無防備な姿で。
ヒュンッ!
彼女が一歩踏み出した瞬間、壁から高出力の熱線が発射された。 直撃コース。 だが。
ジジッ……プスン。
熱線はリエルの鼻先数センチで、唐突に消失した。 発射装置から黒煙が上がっている。
「あら、整備不良かしら?」
リエルは気にも留めずに歩を進める。 次は、床が抜けて奈落への落とし穴が開いた。
ガキンッ!
しかし、落下しかけたリエルの足元に、天井から剥がれ落ちた装飾パネルが「偶然」挟まり、即席の足場となって彼女を支えた。
「ちょっと、内装が脆いわね。リフォームをお勧めするわ」
彼女が通るたびに、奇跡が連鎖する。 圧殺壁が作動しようとして歯車が噛み合い停止する。 毒ガスが空調の誤作動で逆流し、換気される。 次元断層の発生装置に、どこからともなく飛んできた鳥(こんな高空に?)が激突してショートする。
「……すげぇ」
グレンがぽかんと口を開ける。
「拙者の動体視力でも追えぬ。……何が起きているのだ?」
カエデも呆然としている。
俺はモノクル越しに、その現象を観察していた。 リエルの周囲だけ、確率がねじ曲がっているのではない。 「彼女が傷つかない」という結果が、最初から決定事項として世界に書き込まれているのだ。
【LUK:EX(固定)】――『絶対強運』。 それは確率操作などという生易しいものではない。 「運命」そのものを従える、王者の権能。
「道は開けたわよ。ついてきなさい、貧乏人たち!」
回廊の向こう側で、リエルが得意げに手招きしている。 トラップは全て機能停止、あるいは破壊されていた。 彼女が歩くだけで、難攻不落の要塞が観光地のような安全地帯に変わってしまったのだ。
「……勝てないわけだ」
俺は苦笑し、ラクの繭を抱え直した。 カジノで俺が勝てたのは、ティアというバグを利用して彼女の運を撹乱したからに過ぎない。 真っ向勝負なら、神ですらこの女には勝てないかもしれない。
「行くぞ。女王様のエスコートだ」
俺たちはリエルが切り開いた「王道」を悠々と進んだ。 目指すは最上階。 この世界の全てを裁定する者、『デウス』の待つ玉座へ。
だが、その道中で俺は気づいていた。 リエルの足取りが、僅かに重くなっていることに。 『絶対強運』は無敵だが、それを行使する彼女の精神力は無限ではない。 彼女もまた、命を削って俺たちの道を照らしてくれているのだ。
(……恩に着るぜ、リエル)
俺は心の中で感謝し、決意を新たにした。 この借りは、必ず「勝利」で返す。
お読みいただきありがとうございます。
リエル無双。
即死トラップが勝手に壊れていく様は、見ていて爽快ですね。
「絶対強運」の面目躍如です。
しかし、彼女も無敵ではありません。
命を削って道を切り開く姿……完全にヒロインしています。
次回、最強の番人「機械人形」が登場。
絶対的な因果を操る強敵に対し、ティアの「ポンコツ」が火を噴きます。




