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(第三篇)安宿のキッチン

 民家をそのままに使った宿の三畳間ほどのキッチンで、エマが英字新聞を読みながら朝食を摂っていた。彼女はテーブルに片肘をついてトーストを指につまんだまま、ちょっとポーズをとるような感じで、老眼鏡を鼻先にズラせていつもの「カトマンズ・ポスト」に読みふけっていた。彼はキッチンの入り口にしばし佇んで彼女の横顔を見ていた。

 彼と同宿のドイツ人女性エマとは、二ヶ月前、デリーのマジュヌカ・ティラ地区のチベッタン・コロニーから、カトマンズに来るバスに同乗した。彼は小ぶりのバックパックを背負い、エマは、大きめのキャリーバッグを転がして、といった出立だった。そのとき彼には、白髪まじりの茶髪でやや太り気味の彼女が、自分より六、七歳年上に見えた。そのバスにチベット人以外の乗客は彼とエマだけだった。二人は二昼夜、座席の肘掛けもないバスに揺られながら、デリーからカトマンズへとやって来た。ネパールに馴染みがある彼女の案内により、二人が投宿したボダナートもチベット人の居住区だった。宿のすぐ近くにツーリストや地元民の集う、大きな仏塔が建つ広場があった──。


「……おはよう、エマ」彼が声をかけた。

「ああ、おはよう」彼女は新聞から顔を上げて彼を見た。

「明日ここを出立するよ」

「去って何処へ行くの」と彼女は言いながら新聞をテーブルに置き、食べかけのトーストを皿に戻した。

「ブッダガヤへ向かう」

「そう……、ずいぶん急なのね」

「そうでもない。あと三日でビザが切れる」

「イミグレで延長できるけど……」

「でも、もう二ヶ月だし……、それと、エマ……」と彼は言って口んつぐんだ。

「なに」

「それと……、悪いけど百ドルは置いてゆけない」

「…………」

「昨夜、計算してみたけど、この後ミャンマーに行き、タイから日本への帰りの飛行機代しか残っていない」

「そう……」エマはうつむいて好物のブロッコリーにフォークを刺したが、口に運ばなかった。彼は彼女とお茶を飲むのはやめて、毎朝の散歩に出かけた。


 丘の上には数人のチベット人やネパール人がいた。皆一様に丘の縁に座り、遠くの山や、眼下の村を眺望して憩っていた。丘の麓からは、黄土色に乾き切った一本の幅広の道が、ずっと向こうの山裾に蛇行する川のようにのびていた。道の両側には河岸の灌木の位置どりで、赤茶けた煉瓦造りの家屋が低く建ち並んで軒を連ねていた。牛がけっこう急勾配の丘のスロープの、段状の狭い平地に足を折ってドッシリと座り込み、伏石のように身動きもせずにいた。これがわたしの日々のお勤め、といった感じにひたすらに原っぱの草を食み続ける牛もいた。山羊もその団欒の中にいた。

 カトマンズ空港の方向から旅客機が何処かへ飛んで行くのが空高くに見えた。空は均一な青い色をしていた。丘の端で一人、縁なしのトピー帽をかぶり、白いクルタ(木綿服)に黒のベストを重ねた老牛飼いがいた。老人は煙草を指にして、見慣れきっているはずの遠くの山並みの方をまっすぐに見つめていた。旅行雑誌に多用されるネパールの絵柄そのものだった。その近くで群青色のセーターを着た、地元のチベット人らしき若い女が、草の上に後ろ手をついて青空を見上げていた。のどかとは、漢字では、たしか長い閑と書くのだった、と不意の想いを彼はひとり可笑しがった。そして、カトマンズの色はパステルカラーだった、デリーのニスを被せた油絵のようなギラついた色合いがここにはない、と彼は日毎に散策した丘の風景を改めて眺めた。

 彼は思い立って、丘の斜面の草を滑り止めに掴みながら麓に降り立った。そして、はじめての田舎道を、ボダナート広場の方角へと歩いて行った。通りの家家の乾いた煉瓦の外壁に、庇の影が淡く斜めに落ちていた。民家と民家に挟まれた細い路地には、十月のカトマンズの午前の日が遠慮がちに射し込んでいた。が、中庭に人の立ち動く気配はなく、しばらくは通りに人影もなかった。

 小一時間ほど歩いて、彼は脇道から大通りに出た。食堂や雑貨屋が軒を連ね、人や車、バスの往来が急に繁くなった。街道は、左へ行けば郊外へ、彼の行く右方向は市の中心部へと通じていた。二ヶ月前、彼はインドからこの街道を通ってネパールへ入国した。辺りはネパール人のみならずチベット人の居住区でもあった。道行く人々は彼らとネパール人と半々くらいだった。

 ボダナート広場近くまで来たとき、なんとなく彼は十五メートルほど先からやって来る五、六人の通行人の一群れに目を惹かれた。そして「あれっ」と思った。老若混じりの浅黒肌の男たちの中にあって、一人だけ二十代に見える褐色肌のチベット顔の女がいた。女は黒のパンツの上に、白い半袖のブラウスの裾を出して着ていた。ところがブラウスの前ボタンは留められておらず、しかも下着を付けていなかった。ほぼ真正面から歩き近づくにつれ、女のはだけた素肌のスペースに、小ぶりと思える左右の乳房の三分の一くらいずつが見て取れた。女はそれを隠さなかった。女は視線を真っ直ぐに前方に据えて、恥ずかしげもなく対面の歩行人たちとすれ違って行った。女は気が触れてるようには見えなかった。女の振る舞いは、ただの格好付けの路上パフォーマンスに違いなかった。いずれにしろ、露わになった女の胸や腹の肌の色は、顔や腕よりもずっと色白だった。

 たどり着いたボダナート広場では、チベットの老若男女が、仏塔ストーパを円く取り巻く参道を右回りに巡り歩いていた。それをさらに観光客相手のレストランや土産物店の建物が遠巻きにしていた。ネパールの午前の蒼天直下に、半円球、四角錐などの土塊を四角の台座の上に積み重ねて、仏塔は屹立してあった。塔の上部に、「仏陀の眼」が四面に描かれていた。

 彼は仏塔を一巡りして、チベット民芸のアンティークショップに入った。滞在中、彼は足繁くこの店を訪れては目を遊ばせた。店内の壁に数幅のチベット密教の曼荼羅の掛けタンカが吊り下げられてあった。綿布に描かれたカラフルな図像は、大宇宙の根本原理を露わに示すイコンなのらしかった。そのうちの一幅は、画布の中央で男仏が対面座位で女仏と交合している絵柄で描かれていた。男仏は女仏の背中越しに、切れ長の眼で正面を見据えていた。彼のかたわらに欧米人のツアー客らしき三人の老女がいた。内の一人が掛け軸を指差して、わけ知り顔に他のものになにか喋っていた。「ヨガ」「ブッディズム」「チベッタン」──といくつかの英単語が聞くともなく彼の耳に入ってきた。無垢板の経机に置かれた香炉から、細い白煙が揺らめき立ち昇っていた。この店でのいつもの目遊びを終えて、彼は店先に出た。そして広場の仏塔を仰ぎ見た。


 カトマンズ最後の夕食も、彼は露店で買った野菜と乾麺だけで済ませた。滞在初日にエマとツーリスト・エリアの食堂で、ピザに似たものを食べた以外は、この二ヶ月、一日二度の食事はまったくの同一メニューだった。

 彼は乾麺を茹でながら、キッチンの入り口横の棚を見た。その棚にゲストは自分の食材を、個別にかためて置くことになっていた。といっても、今日まで彼とエマ以外は、若いコリアン・カップルが一夜泊まっただけだった。敷地の裏手にある別棟が本来のゲスト用で、ここは以前、オーナー家族の居室として使われていた。

 棚に並ぶエマの瓶詰めのアプリコットのジャムや、マーマレードはもう底をつきかけていた。それらは彼女が、地元の富裕層やツーリスト向けのストアで仕入れてきたものだった。パスタや缶詰めの類いはもうなくなっていた。彼は、彼女のコーンフレークやパンケーキの粉の袋が入った箱を開けて、残りの量を確かめようか、と一瞬だけ思った。けれど、やめた。そして未開封の乾麺の袋二つと、ケチャップとソースだけの自分の食品スペースを眺めた。

 彼女が手持ちの滞在費に事欠きつつあるとは、彼は最初のうち思いもよらなかった。たとえば朝食──彼女は、パンとバター(時にはジャムやマーマレードを添えて)にコーヒーか紅茶、さらに食後にはクッキーを楽しむという、いかにも西洋風でエレガントな朝食を、ごくふつうにとっていた。彼には気づきようがなかった。

 キッチンの素通しのガラス窓から、少し離れた集落に点りはじめた窓明かりが見えていた。それらは仄白い蛍光色と裸電球の赤茶色の明かりとが混在して、夕闇に濃く薄くあちらこちらに浮かんでいた。


 広場のストゥーパ(仏塔)での、日毎の夕拝を終えたエマがキッチンへ入って来た。彼女は無言でお湯を沸かし、ジャスミン茶を淹れた。誰が残していったのか、缶入りの多量のジャスミン茶の茶葉がキッチンにあった。

「デリーの友達とは連絡がついたのかな」と彼は椅子を引いた彼女に訊いた。近々その友達が休暇を取り、カトマンズに来る手はずになっている、とエマは言っていた。

「まあね……」と彼女はなぜか曖昧な言い方をして、いささかダルそうに椅子に腰を下ろした。そして、熱々のジャスミン茶を、心ここにあらずの面持ちで啜った。


 エマとキッチンで過ごす彼のネパール出立前夜は、ちょっと気づまりな夜気のうちに更けていった。二人の会話は途切れがちだった。エマとの明日、早朝の別れを控えた彼の頭は、彼女と過ごしたこの宿での二ヶ月間の総括へと、おのずと導かれていくようだった。とは言っても、二人の間にことさらめくるめくドラマがあったわけではなかった。異国のツーリスト二人のめぐり逢いの舞台はいまここ、このどうと言うこともない安宿のキッチン一場の他にはなかった。ここで共に食事をしたり、たあいのない話題を二人して語り合ったりしただけのことだった。互いの部屋を訪れあったことさえ、ただの一度もなかった。

 エマをテーブルの向こうにして、彼はジャスミン茶を飲みながら、このキッチンでエマと交わした会話のトピックの数々を思い出していた。

 ──エマは、七十年代初めには、ヒッピーとして当時フリーク・ストリートと呼ばれたカトマンズのジョッチェン通りの安宿を根城にして、インドとのビザランを繰り返した。その際、インドではプーナに長期滞在した、と言っていた。プーナには世界的に有名なインド人のスピリチュアル・マスターのもとへとやってきた、精神世界の探究者としての欧米のヒッピーたちの集うコミューンがあった。──

 いまエマも彼と同じく黙して、夜の闇が停滞するキッチンのガラス窓を、ぼんやりと見やりながら、あれこれと考え事に耽っているかのようだった。

「エマ」彼は、彼女の顔をこちらに向けさせようと声をかけた。

「なに」

「君がヒッピーとしてカトマンズいた頃、日本の若者の間では、こんなフォークソングが流行った」と彼は初めての話題を彼女に振った。

「どんな」とエマは、一応お付き合いで訊いてみるけど、といった感じで応えた。

「曲名は『山羊にひかれて』と言うんだけどね」

 彼はその曲の歌詞をいくつかのフレーズだけしか知らなかった。しかもそれらはうろ覚えだった。が、彼はそれを彼女には言わず、知っているだけの数フレーズの歌詞を適当に組んで、その歌の要旨を英訳してエマに語った。


〈わたしは行きたい。山羊にひかれて。思い出だけをパートナーにして。何があるのか。そこには。ハッピー・オア・アンハッピー。何があるのか。山の向こうには〉


「ふーん……」彼女はしばし目動きをとめて、中空の一点を探るような目付きをした。そして、その歌詞にぴったりの心像の浮き沈みを、脳裏に確認するかのように何度か目をしばたかせた。彼女はかつてそんな牧歌的風景を眼にしたことがあるのかもしれなかった。

「それでいいわよ。でも……、その『パートナー』は『ガイド』って訳すべきね」と彼女は彼の英訳を指摘して言った。

 そうか、その山羊は、相棒と言うよりは、むしろ導き手であるべきなのか、と彼は小声で呟き、

「で、その山羊は、あなたをどこへと導いて連れていくの」とエマに訊いた。

「さあ、そんなのわかんないわよ。それは山羊に聞いてみないと」

「はははっ、そりゃそうだ」

「でもその歌詞には、どことなくポエティック・センチメントを感じるわね」とエマがしみじみとした口調で言った。

 ──ポエティック、それは詩的な、だな。それは分かる。が、センチメントってなんだったか……、ああ、そうか、「センチメンタル・ジャーニー」のセンチメントか、と彼は解して、

「その、ポエティック・センチメントって、要するにこの歌詞の持つフィーリングってことじゃないの」とエマに訊いた。

「うん、まあ、そうとも言えるかな」

「で、あなたはこの歌詞に、どんなフィーリングを感じるの」

「それは……」と彼女は言って、顔をうつむき加減して、右の手の指をすぼめて額に当てた。それは、英語初級者の彼のために、適語を思い浮かべようとするさいの、彼女のいつもの仕草だった。

「それを、あなたの英会話レベルに合わせて具体的に解るように言うのは、いまはちょっと難しいな……。でも、まあシンプルに一言で言えば、『ノスタルジア』ってことかな。その英単語、あなたこのキッチンでなん度も使ったわよね」と彼女は言った。

「そうだったかな……」

「あなたは、それを、ここでのわたしたちのキッチン・トークのために使った」と彼女は微笑んで言って、お湯を沸かしに席を立った。

 ガスの火にかけたヤカンをうつむき加減に見つめる、正面のエマの後ろ姿を、彼はしばし見ていた。そのうち、彼女はふと気づいたように、流しの隅にある大振り竹籠の中を覗くようにして見た。それには、一人が食べるなら五、六日分くらいの野菜と、バナナやオレンジなどの果物が入っていた。彼女は振り向いて、すこしためらいがちに、

「あなた、これをブッダガヤへ持って行くつもり」と彼に向かってこう訊いた。

「ノー・ノー、それは、フォー・ユー」

「……サンキュー・フォー」と彼女は言って、さらにフォーの後に何か小声で付け加えた。が、彼にはその英語は聞き取れなかった。


 さらに夜更けてまた黙しがちになったエマは、早朝の彼の出立時間にドアをノックしてくれるように言い、部屋に帰って行った。彼は、キッチンのガラス窓に映る、いまはポツリポツリになった集落の燈火を茶飲み仲間にして、夜明けを待つつもりだった。

 彼はある夜このキッチンで、一葉の写真をエマに見せられたことがあった。縦六センチ、横四センチくらいの小さなサイズのモノクロームだった。そこには、三歳くらいのエマと、彼女の母親の立ち姿が写っていた。母親はエマの背後に立ち、彼女の肩に両手を置いて微笑んでいた。エマも母親の手の上に小さな掌を重ねて繋ぎ、小首を傾げて照れたような笑み顔で立っていた。シャッターが押されたその日から、たぶん五十年近くの彼女の月日が流れて、印画紙は濃いセピア色に変色していた。影像の白黒のコントラストは時が淡く鎮め、いまやセピア色の於母影になった、そんな画趣があった。

 その色は、いまこのキッチンの窓辺から夜目遠目に見る、屋外燈らしき赤錆色ほのかな燈火の色にも似ている、と彼は思った。エマはその一葉の写真を道づれにして異国・異郷のいまここ、ネパールのカトマンズにいる。いや、──と言うよりこの安宿にか、と彼はいささか芝居じみたひとり台詞を続けた。

 エマは、かつてチベット密教の文献と手に手を携えて同行二人で、チベットのカントリー・ロードを歩いたことがある、と言っていた。また去年までは、彼女のパートナーであった男の故国アメリカにいたとも。ならば、とうぜん彼女は在住したニューヨークのシティ・ロード歩いたということになるな、と彼はロードムービーのような彼女の旅景色の移り行きにいっとき想いを馳せてたどった。そして想い解いた彼は、さきほどまでエマがいた空席を見て、ジャスミン茶を一口飲み、それからまた窓外の燈火を眺め続けた。


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