第9話 ヒロインVS悪役令嬢
「無事着替えが完了致しました」
教皇の前で膝をつき報告の挨拶をしているのは白銀の鎧を身にまとった聖騎士アリシアである。
「ようやくですか」
深いため息をつきながら教皇はアリシアの報告に耳を傾ける。
「申し訳ございません。貴族令嬢なので服が濡れればすぐに着替えを所望すると思っておりました」
アリシアが素直に自分の不手際を謝罪すれば、教皇は一度軽く目を閉じて、それから続きを促した。
「ミランダ嬢の助言により、セシリアを風呂に誘ったところ素直に入りました。その間に着替えを用意しあのケバケバしいドレスをドルマン男爵家に届けた次第です」
「で、支払いが金貨一枚ですか」
平民ならばその金貨一枚で、家族が1ヶ月は生活できる金額である。だが、教皇からすれば男爵家とは言えど貴族家庭からの支払いとしてはいささか不満な金額の支払いようであった。
「ドルマン男爵家におきましては、黒のドレスの用意もなく、ましてシンボルマークも渡すことなく、ただ男爵本人から金貨一枚の手渡しでありました」
ドルマン男爵家は今や不本意な時の人となってしまったため、聖騎士のアリシアは正面からではなく裏口から訪問した次第である。だからなのかは分からないけれど、その裏口に男爵本人がやってきて、アリシアの手に金貨を一枚渡してきただけなのであった。本来ならこの手のことは執事やメイドがやりそうなものなのであるが、取次をした下男の代わりに男爵本人が出てきてアリシアはかなり驚いたのある。もっとも、聖騎士の鎧を身につけていたからドルマン男爵にはアリシアの表情は見られてなどいない。
「噂では、セシリアと関わった子息たちの実家をも巻き込んで横領等があったと聞いています」
「そうでしたか」
アリシアはそれを聞いて納得した。おそらく色々なカモフラージュにセシリアが利用されたのだろう。真相を知らずにチヤホヤされて、セシリアは正に悪の華として学園に君臨していたに違いない。
「まぁ、いずれにせよ神の前で裁きを受けることに違はありません。身なりをととのえて神の前で宣誓すればいいだけの事」
「はっ」
「明日の朝一番に裁判を開きます。しかと心得るように」
「はっ」
セシリアは深々と頭を下げて教皇の前を辞したのであった。そうしてその足でそのままミランダの所へ行こうとして、ふと足を止めた。時間的にそろそろ夕飯の準備である。
「報告は食事の支度をしながらでもかまわないだろう」
アリシアはそう判断をして踵を返した。まずは外での汚れを落とし、食事の支度を持ってミランダの部屋へと向かうことにした。
「食べながらで構いません」
白い手袋をした聖騎士の制服姿でアリシアはミランダに話しかけた。いつもの事なのでミランダも別段気にすることもなく頷いた。なにしろミランダは公爵家令嬢であり、王太子妃教育を受けてきた身である。限りある時間を有効に使うには、食事の際に報告をまとめて聞く事は必然であった。前世の記憶で言うと、かなりブラックよりではあるが、ランチ会議なんて言葉もあったぐらいだから、報告を聞くだけなら大した労力ではない。
「セシリア・ルドマン男爵令嬢の宗教裁判が明日決行されます」
予測はしていたことなので、別段ミランダは驚きもしなかった。ただ、本当に裁判が開催されなかった理由がセシリアの服装なのだと思うと、なんとも残念な話ではある。確かに、宗教裁判であるからあのピラピラでフリフリのドレス姿で法廷に出てこられては、なんとも間抜けであることは確かである。
(ようはセシリアの実家からお金の支払いがあったって事よね)
ちょいちょいと小耳に挟んだことから想像するに、ミランダがこのような高待遇を受けているのは一重に実家からの寄付金のおかげである。と推測させる。もちろん、ミランダが今まで教皇に相談をしてきた過程も大切だった(都度の寄付金有り)だろう。なにしろ教皇から神の良人と言ってもらえているのだから。だからこそ、部屋が与えられ、付き人が有り、着替えが用意され、温かな食事が出されるのだ。セシリアが低待遇なのは、実家からの寄附金がなく、水攻めにあったというのにセシリアが着替えを要求しなかったからだろう。普通の令嬢なら着替えを要求するところである。
(もしかしてセシリアのドレスを売った?裁判がなされていなければちょっと汚れているだけの豪華なドレスとして売れるものね)
ミランダの知っている前世においてもドレスなんて高価なものは案外リサイクルされていた。レンタルもよくあったし、実際ミランダも利用したことがあったと記憶している。つまりミランダはそのぐらいのお年頃までは前世日本人としての記憶があるのだ。その手のことに気が回らなかったとすれば、セシリアは前世随分と幼かったか、リサイクルやレンタルなんて縁のない家庭で暮らしていた可能性もある。
(いいところのお嬢さんが乙女ゲームなんてしないと思うっていうのは偏見?でも常識のある子なら逆ハーなんで狙わないわよね)
明日の日程を聞きながら、ミランダは頭の中でセシリアの中の人について考える。少なくともゲームができる年齢で、ついでに言えば逆ハーなんて大それたことを企ててしまえるような人間性を持っているのだ。法廷内でも常識外れな言動をするに違いない。それを考えると恐ろしくて仕方がないミランダなのである。
「明日もミランダ様はこちらをご使用してください」
アリシアに言われてミランダは思考の檻の中から抜け出した。アリシアが手にしているのは前回も着用した黒のヘッドドレスだ。被ると顎の辺りまで濃いめのレースがあって、周囲の人に顔が見られないようになる。いわゆるセルフ顔モザイクだ。その反面、付けているミランダも視界がかなり遮られてしまうちょっと困った品である。
「ありがとう」
ミランダは柔らかな微笑みを浮かべて礼を言うのだった。
そうして、翌朝は天候にも恵まれ、晴れやかな朝だった。乙女ゲームの世界は大抵ヨーロッパ方面をベースにしているからなのか、大抵カラッとした晴れである。だからヘッドドレスを付けても特に暑苦しいこともなく、ミランダはアリシアに手伝ってもらいなから身支度を整えた。今日はまさに乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢の一騎打ちと言っても過言ではないだろう日である。
(大丈夫。わたしは間違ったことなんてしていないわ。お母様から託されたこのシンボルマークもあるし、何より神の良人とし過ごしてきているし……それに、ラノベの悪役令嬢たちはみんなヒロインに打ち勝ってきてるじゃない)
ミランダは胸に下げた母から届けられたと言うシンボルマークを握りしめた。そして、聖騎士の制服に身を包んだアリシアに連れられて宗教裁判が行われる教会内の法廷へと進んだのだった。




