第8話 宗教裁判してるんですよね?
ミランダの身の安全が保証されないので、未だにミランダは国教会の内部で過ごしていた。早々に開かれると思っていたセシリアの宗教裁判は、立会人希望者が多すぎて、調整に手間取っているのだそうだ。
「つまり、日にちが延びればそれだけセシリアは水責めの期間が延びるのよね」
実は牢の様子をこっそりと見せて貰ったミランダである。マジックミラーのような壁から、牢の中で水責めにあっているセシリアの様子を伺ったのだが、なんとセシリアはパーティーの時のドレス姿のままだったのだ。普通は差し入れで裁判の時に申開きができるような服装になるよう、身内が簡素な服を持ってくるものらしい。だが、セシリアには誰も差し入れをしてこないのだそうだ。流石に女性が宗教裁判にかけられるのは醜聞が悪いらしく、セシリアの実家ドルマン男爵家は全く音沙汰がないのだそうだ。
「さすがにジョゼジルは無理でもアルフォンス辺りが差し入れぐらいしてもいいんじゃないのかしら?」
おそらくセシリアは、逆ハー狙いだったのだろう。あの時攻略対象者たちは口々にセシリアを擁護しようと息巻いていた。それなのに、なぜ誰もセシリアに差し入れをしてこないのだろうか。
「ミランダ様、この間言われたではありませんか。宰相夫人は横領の罪で自宅謹慎中です。それに伴いカーマイン宰相一家は大人しくするしかないのです。事の発端になった令嬢に差し入れなど、世間体が悪くてできるはずがありません」
言われてみればなるほどと思う。そうなると、ミジェット商会の息子ザウルスも身動きが取れないだろう。下手をすれば商会そのものが潰されているかもしれない。そんなことになったいたら、他の攻略対象者たちも下手に動くことはできないだろう。セシリアに関わっていることが知れたら、横領に関わったと疑われてしまうのだから。
「当然のことですが、ジョゼジル王太子殿下は一年間神の良き隣人となるために修道僧となります」
「え?」
聞きなれない言葉にミランダは驚きを隠せなかった。
「国教会の定めを破ったのですから当然です。法廷裁判ですと慰謝料などが発生するかと思いますが、宗教裁判で金銭のやり取りを言い渡すことはありません。神の許しを得るためには神の良き隣人とならなくてはならないのです」
修道僧と聞いてミランダは思わず前世の記憶で日本のお寺のお坊さんを想像してしまった。だが、髪を切ることはないらしく、白い布を被って髪の毛を隠すだけなのだそうだ。ジョゼジルが宗教裁判にかけられたから、ジョゼジルの母であるオフマルト夫人、つまり王妃は何とかミランダに慰謝料を払うために交渉に来たのだそうだ。出処を国庫にするわけにはいかないので、ジョゼジルが一年間修道僧となるから、そのままジョゼジルの予算を丸ごとミランダの実家アレクセリア公爵家への慰謝料にすることが決定されたらしい。
「ミランダ様は既に神の良き隣人でいらっしゃいますから」
そんなふうにアリシアに褒められて、なんだかむず痒い感覚に襲われたミランダなのであった。
「セシリアの宗教裁判はどれくらいで開かれるのかしら?」
ミランダはハーブティーをいれながらアリシアに尋ねた。贅沢品はあまりない国教会内部ではあるが、それでもお茶は沢山あった。しかも、ハーブティーは自家栽培なのだという。
「そんなに時間を空けてはこちらも困りますからね」
アリシアが眉を下げて本音を言ってきた。それはそうだろう。宗教裁判は法廷が開かれる前から結果がわかっているのだ。神の教えに反した者が悪であり、罪人であり、裁きを受ける。
「困る、とは?」
アリシアの言っている意味が分からなくて、ミランダは聞いてみた。
「簡単に言いますと、世話の問題ですね」
「は?」
アリシアの言ってきたことがすぐに理解できずに、ミランダは令嬢らしからぬおかしな声を上げてしまった。
「罪人は教会内の地下牢で裁判の日を待ちます。その間、教会は食事を与えなくてはなりません。罪人とは言えど、神の名のもとに生まれてきたわけですから、施しを与えなくてはなりません。日数が伸びればそれだけ与える施しが増えていきますから、教会の懐が痛むわけです」
言われて、なるほどと思いつつミランダはなんとなくだが理解できた。つまり、本来なら罪人のために家族や親族等が差し入れをシてくれるわけなのだが、残念なことにセシリアには誰も差し入れを持ってきてくれていない、つまり、教会に寄付がないということなのだ。表向きは神の良き人とあらんことを、なんて口にしてはいるけれど、前世の言葉で言うならば宗教法人である。収入源が基本寄付金なのだろう。墓地の管理費等が固定収入ということなのかもしれない。そう考えれば、罪人の世話代なんて教会が持ちたくはないことは簡単に想像ができた。要するに、ミランダがこんなふうに優遇されてるのは、こっそりと実家のアレクセリア公爵家が寄付金を渡しているからなのだ。ミランダは払ってはいないけれど、毎回教皇のところで話を聞いてもらっている時も、お付のメイドが払っていたに違いない。知らぬが仏とはよくぞ言ったもので、きっとアリシアが思っている以上の金額を毎回支払っていたのだろう。
「セリシアさんは、寄付もしていらっしゃらなかったのですね」
なんだか複雑な気持ちになって、ミランダはため息混じりに呟いた。
「まぁ、今来ているドレスを差し出していただければ代わりに慎ましやかな服をお渡しはできるのですが、どうにもあのご令嬢は人の話を聞いてくれないのです」
アリシアがボソリと呟くように言ったのを聞いて、ミランダは心の中で盛大に驚いた。アリシアが言っていることは物々交換である。確かに、濡れてしまったとはいえ、セシリアの来ているドレスは大変高価なものである。それを売りさえすればそれなりの対価が手に入るはずなのだ。つまり、教会としてはさっさとドレスを渡して質素な服に着替え、裁判に望んで欲しいのだ。けれどセシリアが頑なに拒んでいるか、話を聞かないかなのだろう。ミランダとしては前者であると考えている。なぜなら、セシリアは転生者である。あの豪華なドレスに相当な思い入れがありそうなのだ。だが、ミランダの前世の記憶では、例え芸能人であっても罪人となった以上、人前に出てくる時は簡素な黒系の服装だった。
「お風呂に入れて強制的にドレスを没収してしまったらどうかしら?」
ふと、頭の中にそんな思いつきがでた。そして、ミランダは特に考えることもなくそれを口にしてしまった。前世が日本人ならお風呂に入りたいだろう。何しろ濡れているのだ。着替えもできず、体も拭けない、着の身着のままで化粧もしたままとあっては、中身が現代日本人の女性であれば耐えられないはずだ。まぁ、腐女子とか風呂キャンセル界隈とかはこの際置いておこう。普通に考えて、中の人が日本人であるならば、風呂に何日も入れないのはしんどいはずである。
「なるほど」
アリシアは目を輝かせて納得したようで、ミランダに向かって何度も礼を言い、居なくなってしまった。
「これは、相当困っていたようね」
多分、アリシアからすれば、どんな罪を犯していようとセシリアは貴族令嬢である。貴族らしからぬ生活に不満は漏らすけれど、居丈高に何かを言ってくるようなことがなくてそれはそれで対処に困っていたのだろう。この世界の人ならば、金がないならその代わりの品を差し出すのが通常である。ドレスが濡れて気持ちが悪ければ、ドレスを差し出して着替えを要求すればいいだけの事なのだ。それなのに、セシリアはそれを言い出してこない。そうなると男爵とは言えど貴族令嬢が物乞いのような真似事は出来ない。という高いプライドを持っているのだろうと解釈されてしまったということなのだ。おそらく、ミランダの見解通り、セシリアの頭の中に物々交換と言うことが思い浮かばないだけだと思われる。なにしろ中の人は現代日本人である。ほんとうに困った時に差し出せるものならなんでも差し出す。と言う感覚が培われていないだけなのだ。
「とりあえず、これで裁判が進むのかしら?」
少なくとも夕方にはアリシアが、結果を伝えに来てくれるだろう。おそらくセシリアに使わせる風呂はアリシアたち教会に仕える女性が使う共同浴場だ。湯を張るのは夕方になるだろうから、罪人であるセシリアを逃がさないように複数人で取り囲み、縄が見えないように配慮して共同浴場に連れていき、おそらくアリシアあたりが世話をするのだろう。一応セシリアもミランダと同じ貴族令嬢ではあるのだから。
「まったく、転生者には困ったものだわ」
ミランダは自分でハーブティーをいれ一息つくのだった。




