第5話 転生ヒロインは悪役令嬢の敵?
「教皇様、本当にありがとうございます」
婚約者である王太子ジョゼジルと、乙女ゲームのヒロインセシリアが国教会の聖騎士に連行されて、それでもそのままダンスパーティーが繰り広げられた。のは言うまでもなかった。何しろ例え王太子であろうとも、ジョゼジルが居なくてもなんの問題もないからだ。むしろわがままで気ままなセシリアの言うことをなんでも聞いて、場の空気を乱しまくるジョゼジルが居ない方がありがたかった。ついでに言えば、ジョゼジルの取り巻きとも言える、乱暴者の騎士団長の息子マーカス、金にものを言わせていやみったらしい大商人の息子サウルス、父親が宰相だからと言って威張り散らすアルフォンス、国唯一の辺境伯の息子だからといって威張り散らすケイン、学園長の息子だからといってでかい顔をするルキアの五人も揃っていなくなってくれたから、後に残された学生たちは楽しくダンスパーティーを行うことができたのであった。
もちろん、パートナーがいないミランダは、挨拶だけして早々にダンスパーティーの会場を後にしたのだが、色々と考え込んだ結果、国教会の教皇にお礼を言うことに決めたのだった。
「何も礼を言われるような事はしていませんよ。ミランダ嬢」
耳に優しい少し低めの声で教皇が答えた。実はこの教皇も乙女ゲームにおいては攻略対象者であった。最初、ミランダはそんなことには気が付かずに相談事を持ちかけていた。が、話し込んでいるうちにふと相槌を打つ声に聞き覚えがあることに気がついた。そして顔を上げ、よくよく教皇の顔を見てみれば、乙女ゲームにでてきた攻略対象の一人、国教会の重要人物と呼ばれていたその顔があったのだ。
そもそも、教皇なんて肩書きだから、それなりにお年をとったご老人かと思っていたのに、さすがは乙女ゲームの世界である。肩書きのある人物はもれなく攻略対象者となってしまうようだ。
「いえ、教皇様の采配おかげで私は救われました」
それはミランダからしたら心からの思いである。なぜなら、あの断罪劇でミランダは右腕を切り落とされるはずだったからだ。激昂したジョゼジルが剣を振り下ろし、ミランダの右腕を肩から切り落とすのだ。セシリアを叩いたその手が悪である。と理由をつけて。その結果、ミランダは心身ともに傷物として正式に婚約を破棄され、父であるアレクセリア公爵が養生のためと言って、ミランダを辺境の地に隠す。そこで養生と言いつつ復讐心を募らせたミランダは、女にうつつを抜かした息子を嘆くヴィルラード辺境伯と結託して謀反を起こすのだ。公爵家と辺境伯は一番王家に近い血筋である。その両家が結託して謀反を起こすイベントで、悪役令嬢が勝てば乙女ゲーム的にはバッドエンドとなる。王太子ジョゼジルは国教会の信義を破ったとして有罪、そのジョゼジルをそそのかしたとしてヒロインのセシリアは公開での斬首となる。
その逆に、悪役令嬢が負ける場合、ヒロインのセシリアは聖女として覚醒をして、国教会を味方につけるのだ。その時に登場する新しい攻略対象者が、今ミランダの前にいる教皇ヴィクトル1世である。
「それはあなたが良き隣人であろうとしたからですよ。ミランダ嬢」
囁くようで、それでいてしっかりと耳に残る低音の声は、前世で腐女子が耳が妊娠する。と言わしめた程である。
「私は、ただ……」
ミランダはそのまま言葉を続ける事が出来なかった。なぜならその続きはこの世界の人たちが知るはずのない未来。
「案ずることはありません」
教皇ヴィクトル1世がミランダの肩に優しく手を置いた。その手から暖かく優しい何かがミランダに流れ込んでくる。これこそが教皇の癒しのチカラである。
「ご報告が御座います」
厳しい声がして、聖騎士が入ってきた。もっとも、教皇とミランダのいる部屋に扉はないのだけれど。
「聞きましょう」
教皇らしい威厳のある声でヴィクトル1世が返事をすれば、聖騎士が膝をついて報告を始めた。本日とらえたミランダの婚約者ジョゼジルと、乙女ゲームのヒロインであるセシリアの処遇についてだった。当然ながら、他の攻略対象者たちが報告に行ったので、王太子であるジョゼジルについては国王夫妻が弁護に入った。だが問題はセシリアである。セシリアの実家であるドルマン男爵家からなんの連絡も来ないのだ。おまけに牢の中でセシリアは淑女にあるまじき態度をとったため、聖水にて清めの罰が与えられているという。
(なにそれ?聖水で清める?牢に水を流し込むの?水攻めってこと?)
聖騎士の報告を聞いて、ミランダの頭の中ははてなマークでいっぱいになった。なにしろミランダが断罪されなかっただけでも、もう乙女ゲームの内容から逸脱しているのだ。
「ああ、怯えなくても大丈夫ですよミランダ嬢。足元に聖水が流れる程度ですから」
ヴィクトル1世が優しく教えてくれたけれど、それでも足がぬれればそれなりに体力が消耗されるだろう。確かセシリアはふんわりとしたデザインのドレスを着ていたはずだ。足元に水が流れれば、ドレスの裾がぬれるだろう。この世界に化学繊維はない。多分絹とか天然素材で作られたドレスである。水を含めば重たくなるだろうし、ぬれれば夜は冷えるだろう。
「そうなのですか」
さすがに教皇であるヴィクトル1世の前で扇を出すわけにもいかないので、ミランダは手で口元を押さえた。そして少し俯けば、ショックを受けた深窓のご令嬢の出来上がりである。ミランダが内心何を思っているのかなんてこの際どうでもいいのである。国教会の人たちから、とにかく同情を集めておくことが大切なのである。後日確実に開催される宗教裁判において、ミランダは神の前で誓い合った婚約者に浮気をされたかわいそうなご令嬢でなくてはならないのである。
(てか、聖水なんか浴びちゃって、セシリアが聖女に覚醒しちゃったらどう責任取ってくれるのよ)
最悪な事態を思い描き、ミランダは身震いをした。そんなことになれば、今はこんなにも優しい顔を向けているヴィクトル1世が、冷酷な顔をしてミランダを処刑する未来をミランダは知っている。だからこうして、ヴィクトル1世の様子を探りに来たのだけれど、どうにも厄介なのは独断で罰を与える聖騎士のようである。
「ご安心なさい。明日の宗教裁判であなたの婚約は神の身前で取り消されることでしょう」
ヴィクトル1世の言葉を聞いて、ミランダは顔を上げた。信じられないというように瞳を潤ませれば、ヴィクトル1世は頷いてくれた。
「良き隣人であろうとしたあなたのことを神は見放したり致しません。御安心なさい。今夜は部屋を与えますからゆっくりと休まれるといいでしょう」
ヴィクトル1世のその言葉が合図だったらしく、膝をついていた聖騎士が立ち上がった。その顔を見て、ミランダは驚いてしまった。なぜなら、その聖騎士は女性だったのだから。




