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第2話 断罪劇の後始末は誰が?

「ミランダ、貴様っ」


 鬼のような形相で、ミランダに掴みかかろうとしたのは、騎士団長の息子であるマーカス・イザベルド伯爵子息である。だが、その手はミランダにはかすりもしなかった。なぜなら、それよりも早くミランダが動いたからである。もとより、ミランダはマーカスが襲いかかってくることぐらい分かっていた。目の前で起こった事件のせいで、冷静さを欠いたマーカスが暴力に訴えることぐらい()()()()()()()()


「あら?私にそんなことをしてよろしいのかしら?」


 少しだけからかいを含んだ声を出したミランダに、再び襲いかかろうとしたマーカスの肩を、国一番の大商人の息子であるサウルス・ミジェットが掴んだ。


「邪魔をするな」


 普段なら自分をけしかけること口にするサウルスに止められて、マーカスは苛立った声を出した。だが、振り返って見たサウルスの顔は、普段では見ることがないほどに憔悴していた。


「ダメだ、やめろ……」


 サウルスの声は驚くほど弱々しかった。


「よせマーカス、手を出してはいけない」


 更には宰相の息子であるアルフォンス・カーマインまでもがマーカスを諌める。


「何を言っている!この女のせいで!!」


 なおもマーカスがミランダに殴りかかろうとすると、ミランダは面白そうに見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「あらあら、まさか私を殴るおつもり?聖騎士に連れ去られた()()()を助けるために?でも、それでは逆効果ではないのかしら?」


 最後にミランダが小首を傾げて見せると、マーカスの肩を掴むサウルスの手にいっそう力が入った。


「マーカス、状況を把握しろ」


 低い声でマーカスを諌めたのはいつもはヤンチャな辺境伯子息のケイン・ヴィルラードだった。普段とはまるで違う声のトーンにさすがにマーカスも動きを止めた。


「だから状況ぐらい分かっている。こいつのせいでっ」

「黙れ、マーカス」


 慌ててケインがマーカスの口を抑える。普段はヤンチャな態度をとっているが、辺境伯の息子と言うだけはあって、幼い頃から体を鍛えていたからか、騎士団長の息子であるマーカスに負けず劣らず力があるらしい。振りほどこうとするとマーカスが、苦々しい顔をして諦めたかのように大人しくなった。

 

「ご心配なく。聖騎士の皆様はもうお帰りになられましたわ。だって私が国教会に相談したのは私の婚約者に関することだけですもの、ね?」


 ミランダがそう口にすると、マーカスはようやく事態を呑み込めたらしい。あっという間に顔色が悪くなった。それを見てミランダは扇で隠した唇を釣り上げる。


「国教会に相談したのは、婚約者であるジョゼジル様の事だけで間違いない、のですね?」


 探るような視線で、随分と下出に出るような口振りで聞いてきたのは学園長の息子であるルキア・フォーレストだ。平等平等と口にする割には、父親の立場を盾に、いつもミランダに対して傍若無人な振る舞いをする面倒くさい男である。もちろん、そんな振る舞いをする理由をミランダはしっているが、あえて言及せずに今日まで過ごしてきたのである。


「ええ、そうですね。だって、王城では誰も私の話を親身に聞いて下さらなくて、私仕方なく国教会の教皇様に聞いていただいておりましたの」


 それを聞いて一歩後ずさったのはマーカスだった。セシリアが連れ去られて頭に血が上っていたが、冷静になり聞こえてきた話はとんでもないことだったのだ。いつも通りミランダの嫌がらせかと思っていたのに、とんでもない事が起きていたのだ。


「教皇様に、相談、を、していた……と」


 アルフォンスが声を震わせながら事実確認をしてきた。その白い顔を見てミランダは内心ほくそ笑む。ミランダが国教会に訴える事態に陥ったのは、アルフォンスたちのせいなのだ。王城でミランダの王太子妃教育を受け持っていた貴族夫人は他ならぬ宰相の妻、すなわちアルフォンスの母親カーマイン侯爵夫人であった。外国語の教師は、ミジェット商会から派遣されていた。つまり、ミランダがセシルのことについて相談しようものなら、口を揃えて「あなたの努力不足です」と答えるように口裏を合わせさせていたのだ。

 だからミランダは仕方がなく国教会におもむき、婚約者の不貞について相談をしたのである。公爵令嬢であるミランダの相談をそこいらの神官がするわけにもいかないため、教皇自らが請け負っていた。ただそれだけの事なのだ。だが、神の教えこそが真実と行動を起こす聖騎士たちは、一般の兵士や騎士が警護にあたる本日のダンスパーティーに合わせて学園内に乗り込んできたのである。

 そうして、婚約者がいるにもかかわらず、違う女の腰を抱き、声高らかに自らの不貞を宣言した王太子ジョゼジルとその相手であるセシルを捕獲した。というわけなのだ。


「セシルは国教会の聖騎士に連れ去られたという事なのか……」


 絶望的な声でマーカスが呟いた。


「あら、法令裁判にかけられるよりは良かったのではないかしら?セシルさん、こう言ってはなんですけど、男爵令嬢ですものね。慰謝料なんてお支払い出来ませんでしょう?その場合犯罪奴隷になってしまいますもの可愛そうではありませんこと?でも、宗教裁判なら、皆様方が擁護して差し上げれば鞭打ちとかで済むかもしれませんわよね?」


 ミランダがそう言って微笑めば、再びマーカスの双眸が怒りに燃える。だが、いつものようにミランダを罵ることは出来なかった。ミランダを罵ったり危害を加えるようなことをすれば、過激な擁護をしたとセシルの立場が悪くなるからだ。


「擁護、そうだ擁護」


 ミランダの話を聞いてアルフォンスが呪文のように呟いた。そう、彼らが今するべきは、目の前に経つ王太子の婚約者で公爵令嬢のミランダを非難することでも罵ることでもなく、聖騎士に連れ去られた二人を擁護することである。囚われの身となった二人を助け出さなくてはならないのだ。余計なことなどしている暇は無い。


「ええ、そうです。()()()()()()()()()()()()。是非擁護して差しあげくださいましね」


 ミランダがそう言うと、彼らは慌ただしく会場を後にした。その後ろ姿を見送ると、ミランダは静かに美しくお辞儀をした。そうしてゆっくりと顔を上げると


「皆様方には大変お見苦しいものをお見せいたしました。心より謝罪申し上げます。どうぞこれからの時間、ごゆっくりとダンスパーティーをお楽しみくださいませ。私ミランダ・アレクセリアはパートナー不在のためこれにてお暇させて頂きたく存じます」


 ミランダはそうハッキリと告げると、ゆったりとした足取りで会場を後にした。自分の馬車に乗り込もうとする時、背後から管弦楽の音色が聞こえてきた。何とかダンスパーティーが始まったらしい。


「公爵邸に帰ります」


 御者に短く告げると、ミランダはカーテンを閉めて外の景色を遮断した。年に一度の学園での最大のイベントであるダンスパーティーから、公爵令嬢が一人寂しく帰宅するのである。そんな惨めな姿を誰かに見られるわけにはいかないのだ。

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