第11話 その役、賜りましてよ
「静粛に」
裁判官がお決まりの言葉でセシリアをたしなめたが、猿ぐつわ、もとい口だけマスクを外されたセシリアにはそんなお上品な言葉は届かなかった。
「なんなのよ、もー!私はヒロインなのよ!ヒロインが攻略対象者たちと仲良くするのは当たり前じゃない!」
セシリアが叫ぶように自己主張を始めた。せっかく昨日風呂に入って清潔に整えられた髪を振り乱し、証人台を握りこぶしで派手に叩いて大声を上げるその姿は、もはや乙女ゲームのヒロインの欠片も見当たらなかった。
「そもそもなんなのよ、一体!こんな展開乙女ゲームにはなかったわ!バグよバグ!シナリオ通りに進んでないなんて、ありえないんですけどっ!そもそもおかしいじゃない!宗教裁判は悪役令嬢が辺境伯と結託してクーデターを起こしてからのイベントのはずなのよ!悪役令嬢はどこ行ったのよ!あいつの右腕切り落としてないからこんなことになってるのよ!あそこでシナリオがバグったのよ!今からでも遅くないわ!誰かあいつの右腕を切り落としなさいよっ!」
支離滅裂にセシリアがシナリオ通りの展開をしろと叫んでいる。言ってる内容は滅茶苦茶である。誰も意味が理解できないから、叫びまくるセシリアを誰もが驚愕の眼差しで見つめていた。腰紐を掴んでいる聖騎士でさえ、あまりのことに思考が追いつかないのか、セシリアを黙らせるためにマスクをつけることさえ忘れてしまっていた。
(やっぱりセシリアは転生者なんだわ。しかも乙女ゲームのシナリオをしっかりと覚えてる)
ミランダの心臓は恐ろしいほどの勢いで動いていた。早鐘を打つとはよく言ったもので、まさにその通り、ミランダの全身をものすごい勢いで流れる血流の音がミランダの耳に、頭の中に、ハッキリと聞こえてきて、しかもその音のせいで周りの音など何も聞こえなくなっていた。口での呼吸が浅く早く繰り返され、ミランダは自分の状態がどのようになっているのかハッキリと自覚した。
過呼吸、もしくはパニック障害。
どちらにせよ、この世界の人達に対処方法なんて分からないだろう。自分の体がグラグラと揺れている。元から暗かった視界がどんどん黒く染って行く。ミランダが恐怖で叫び出しそうになったとき、セシリアが大声を出した。
「もぉ!なんで、カルロスが私のことを無視してんのよぉ」
その声を聞いた途端、ミランダの中で何かが弾けた。グラグラする体も、暗くなっていく視界も、何もかもが消し飛んだ。座っていた素朴な木の椅子からスクッと立ち上がり、驚くアリシアを無視してスタスタと歩き出した。その途中、傍聴席に陣取る神の良人たるご婦人の手から扇を一つ受け取ることも忘れなかった。
黒いヘッドドレスを着け、簡素ではあるがじょうしつな布地を使った黒いワンピース姿の女が靴音をたててセシリアのそばに近づいてきた。醸し出される尋常ならざるオーラに気おされて、聖騎士たちが思わず道を開けてしまった。
「何よあんたっ!」
近づいてきたミランダに気がついたセシリアが、大きな目をさらに見開いて、血走った目でミランダを睨みつける。が、その程度に臆するミランダではなかった。
ビシッ
大きな音が響き、その直後セシリアが床に倒れた。
「痴れ者が。お前のような穢れた存在が教皇様のお名を口にするなんて、なんておこがましいことでしょう」
右手に黒い扇を握りしめ、左手を腰に当て、足を少し開いたポージングでミランダは床に倒れたセシリアを睨みつけた。もっとも、ヘッドドレスのおかげで誰からも顔など認識されてはいないのだが、その声とその物言いに誰もがその正体を知っていた。
「いきなりなにすんのよっ!私はヒロインなのよ!宗教裁判で裁かれるのは悪役令嬢なんだから!これは決まったシナリオなのよ!勝手に話を変えるんじゃないわよ!」
床に倒れながらも、叩かれた頬を押えてセシリアが叫ぶ。このような状況においても、まだ自分がヒロインだと信じて疑わないその姿勢は賞賛に値するかもしれないが、今のミランダには前世の記憶やら乙女ゲームやらの認識などどうでもいいことだった。ミランダをつき動かしているのは、この世界で生きてきた公爵令嬢ミランダ・アレクセリアとしての記憶だった。
「お黙り、痴れ者が」
扇を顎下に当てて考えるような仕草をするミランダは、頭上から降り注ぐステンドグラスの光を浴びで、えもいわれぬ程に神々しかった。
だがしかし、その物言いを聞いて、正体を悟った自称乙女ゲームのヒロインセシリアが噛み付いた。
「ふっざけんじゃないわよ!あんた悪役令嬢じゃないのよ!なんであんたに叩かれなくちゃなんないのよ!私はヒロインなのよ!宗教裁判で裁かれるのは悪役令嬢のあんたの役でしょ!なんであんたが偉そうに突っ立ってんのよ!」
そう叫んでセシリアは立ち上がり、ミランダに掴みかかろうとしたが、セシリアの腰紐を掴んでいた聖騎士が物の見事にちゃんと仕事をした。手にしていた縄をしっかりと掴んだのだ。
「ぎゃあ」
ミランダに掴みかかろうと床を蹴ったセシリアは、哀れ床に顔面を殴打した。それはもう派手に倒れたのであった。
「まったく、ふざけるのも大概にして頂きたいものですわ。わたくしが悪役令嬢?何を仰られているのかしら?気が触れていらっしゃるとしか到底思えませんわね。そもそも、あなたのような痴れ者、すなわち穢れた存在が恐れ多くも教皇様のお名前を軽々しく口にするなんて不敬でしてよ?」
ミランダはそんな風に語りながら床にはいつくばっているセシリアを見た。余程の勢いで床に頭を打ち付けたのか、セシリアの反応は見られない。もしかする衝撃で気絶しているのかもしれないけれど、そんなことはミランダには知ったことではなかった。とにかく、ミランダはセシリアに対して言ってやらなくてはならないのだ。
「本当に、わたくし何度もあなたに忠告致しましたわよね?忘れてしまったのか、そもそも覚えられないのか、つまりはあなたのおつむはその程度ということなのでしょう。あなたのように他人の婚約者に擦り寄り、あまつさえいかがわしい行為をへいぜんとやってのけるような痴れ者、穢れた存在が神の良人としておわしあそばす教皇様のお名前を軽々しく口にするなんて、なんて不敬、なんて不遜。恐れ多くも教皇様はヴィクトル一世として神の良人となられたお方であると言うのに、俗世の名前を口にするなんて、なんて恐ろしいことをするのかしら。あなたのしでかしたことは神をも恐れぬ大罪です。教皇様を俗世に引きづり下ろそうとする野蛮な行為にほかなりません」
そう言って、ミランダは手にした扇をほんの少し開いて口元を隠した。元々もヘッドドレスで顎下まで隠されてはいるのだが、それでもそのようなポージングを決めて悲しみを畏怖の思いを表現するミランダに、傍聴席に座る神の良人たちは同調した。




