第10話 コレがヒロインなんですか?
前回同様に、ミランダは弱き人として方程内の隅の辺りに席を設けてもらい、そこで聖騎士たちに護られるように座らされた。もちろん一番近くにいるのはアリシアで、ミランダの肩のあたりにそっと白い手袋をはめた手を添えてくれている。ミランダが着ているのは黒い質素なワンピースであるから、たとえ手袋越しであってもアリシアの体温が伝わってくる。そのほんのりとした温かさにミランダは安堵を覚えてるのだった。
「それでは、罪人セシリア・ドルマン、入廷しなさい」
裁判官がセシリアの入廷を促した。前回はどうやってジョゼジルが、入廷したのか分からなかったミランダであったが、今回は心が落ち着いているのか周りの様子をじっくりと観察してできるし、裁判官の声もはっきりと聞き取ることができた。セシリアの姿を確認しようと思い、視界が悪いので思わず頭を動かそうとしてしまったが、それをアリシアに止められた。
「ミランダ様、動いてはいけません」
耳元で嗜められたので、ミランダは小さく頷き素直に従った。キョロキョロと辺りを見渡すなんて、随分とはしたない事をしようとしたものである。ミランダは途端背筋を正してまっすぐ前を向いた。視界に入るのは中央に立つ裁判官の姿で、あとは頭に着けたヘッドドレスのせいで黒い紗がかかっている。視線をゆっくりと動かせば何とか見えないこともない。ただ、恐ろしいので傍聴席だけは見ないようにした。
「扉が開きましたよ」
背後からアリシアが教えてくれたから、ミランダは視線を少し動かして開いたと言われた扉を見た。片開きのちいさな扉が開き、白銀の甲冑を着た聖騎士が入ってきた。その後ろにセシリアがいるらしく、ピンクブロンドの髪の毛が見える。いかにも乙女ゲームのヒロインらしい姿形をしているものだ。艶やかな髪は多分昨日風呂に入ったからだろう。そして質素な黒いワンピースを着ているのはミランダと同じである。ただ、遠目からもわかるほどに素材が違う。セシリアが着ている黒いワンピースは、麻でできている。教会で奉仕活動をする女たちが着ているものと同じだろう。つまり、生地が薄く洗濯しやすい簡素な作りになっているのだ。ミランダの着ている黒のワンピースは、実は絹である。光沢を押えた黒に染めあげられた逸品なのだ。肌触りが良く、保湿保温もいい。ただ一枚布であるから普段着ているドレスに比べると足元や腰周りが心もとないのは仕方がないことである。それはつまり、セシリアには実家からの差し入れはなく、寄付金もなかったことを意味するのだ。
(嘘でしょ)
鎧姿の聖騎士の後ろを随分と大人しく付いて歩いていると思ったら、なんとセシリアには腰紐が結ばれていた。両手足は自由であるけれど、腰にあからさまに縄が結ばれているのだ。それはもう、時代劇でしか見たことがないような荒縄と呼んでいいような代物だった。あまりのことに驚いでミランダはアリシアの腕を強く掴んでしまった。確かに罪人と呼ばれてはいたけれど、本当にテレビでしか見たことがないような罪人の扱いである。
「驚かれましたか?」
腕を掴まれてアリシアがミランダに問いかけてきた。
「そう、ね。ええ……」
なんと言ったらいいのか分からないけれど、確かに驚いた。前世のテレビや映画なんかで「お縄にする」なんて言って縄で縛られる悪人を見たことがあるけれど、まさか実際にこの目で見る日が来るなんて思いもしなかった。率直に言って驚いた。強いていえば、手が縛られていないだけマシなのかもしれない。
「名乗りなさい」
法廷の定位置にセシリアが立たされると、裁判官が短く告げる。もちろん、その言葉が誰に向けられたものなのかはわかりきっていることなので、法廷内にいる人たちの目線が一斉にセシリアにむいた。一斉に向けられた無数の視線に耐えられなかったのか、セシリアがまるで蚊のなくかのような小さな声で名を名乗った。
それが合図だったのか、裁判官がセシリアの罪状を読み上げる。この国において不貞は殺人に次ぐ重罪である。傍聴席からどよめきが起き、一部の御婦人方は気分を害したのかハンカチで口元を押さえたり、隣の席の人と手を握り合っていたりしていた。
(そんなに驚くなら来なければいいのに。怖いもの見たさなのかしら)
ヘッドドレスに視界を遮られながら、ミランダは傍聴席の様子を伺っていた。なにしろセシリアがいるところが遠すぎて、セシリアの表情が全く分からないのだ。だから、傍聴席の人たちの反応を見て様子を伺おうとしたのだけれど、ご婦人たちの反応が大げさすぎるのだ。
「驚かれましたか?」
ミランダの耳元でアリシアが囁いた。
「ええ、とっても」
顔を動かさないままミランダは答えた。ヘッドドレスをつけているせいで、振り向いてしまうとミランダの動きはセシリアに丸わかりになってしまうのだ。黒髪に黒のヘッドドレスとはいえ、さすがに素材が違うから動けば丸わかりである。
「ご安心ください。彼女たちは傍聴者を装った敬けんなる神の良人なのです」
言われて一瞬ミランダは意味が分からなかった。
「つまり、ミランダ様の味方です」
アリシアに念を押されるように告げられて、ミランダはようやく理解ができた。あの、傍聴席で大げさに驚いたり気分を害した素振りをしている御婦人方は、全員サクラなのだ。
(神の良人って、つまり神の教えに従順な人たちってことよね。そりゃ、演技じゃなくて本気だわ)
目にした時はなんて大げさな人たちだろう。とどこか冷めた目で見てしまったミランダであったが、アリシアに解説されれば納得がいくというものだ。ミランダの中にもきちんとあるこの世界での倫理観や道徳的概念からいっても、ヒロインセシリアの行動はあるまじきものだった。人格が入れ替わるようなほどではないが、この世界で生まれ育ったミランダが心の中で叫んでいるのが分かる。今瀬のミランダの魂と前世の記憶が正しく融合したのだろう。気絶したり熱を出したりしなかったのは、ゆっくりと融合したからに違いない。ミランダの魂の悲鳴を、前世の記憶が教皇への相談という形で吐き出させたからこそ、ミランダは孤立せず断罪回避できたのだろう。
「しかし、ひどい物ですね」
セシリアが行ってきた不貞の数々が証言されていくのを聞いて、アリシアがあきれた声を出した。もちろん、サクラではなく、神の良人たる御婦人方は、そのたびに悲鳴に似た声を上げていた。それにしても、セシリアがあまりにも静かだな。なんて思ってミランダがセシリアをよく見れば、天井にあるステンドグラスからの光を反射して、なにやらセシリアの顔がおかしなことになっていた。
(え?どういうこと?顔になんか、ついて、る?)
よくよく見れば、ヘッドドレス越しでもわかるぐらいにセシリアの顔がおかしかった。顔の下半分の色が変なのだ。
(もしかして、あの猿ぐつわみたいなマスクをつけられているの?)
驚きすぎて固まってしまったミランダに気が付いたアリシアが、心配をして声をかけてきた。
「ご安心ください。ミランダ様に証言は求められたりはしませんから」
そこじゃない心配をされたけれど致し方のないことかもしれない。何しろ、ミランダは無意識に首から下げたシンボルマークを握りしめていたのだから。
「ごめんなさい。心配をかけてしまったわね」
そんな返事をしながらも、ミランダの目はセシリアの顔にくぎ付けだった。気が付かなかっただけで、セシリアは最初からあのマスクをつけていたのだ。理由は簡単だ。うるさいから。これに尽きるだろう。なにしろあの時だって無駄に叫んでいたのだから。
(まさかと思うけど、ここでも叫ぶつもりなのかしら?)
ミランダが嫌な予感に身震いした時、まさに予感が的中した。
「私はヒロインなんだからねーーーーーーー!!!!!」
ヒロインセシリアの絶叫が法廷内に木霊した。




