#1-C 監視AIの役割
「グァ……」
管理AIを監視するという役割を持たされた企鵝型AIペンデヴァーは、今日もため息をついていた。
自身を相棒としてこき使うリクトは、この世界における最高管理権限を持っているにもかかわらず、まったくやる気のない、なんなら自分はぐうたらしてサボり、ペンデヴァーをはじめとする周囲の者たちに管理を任せようとする、とんでもない欠陥を持っている。そもそも、自身に管理AIとしての自覚を一片も持ち合わせていないから困りものだ。
ペンデヴァーの役割は、リクトの監視と彼に与えられた最高管理権限の代行だ。リクト自身の直接の管理能力に期待が持てないのならば、すべてペンデヴァーがやるほかない。それが、”創造主”たるマスターが彼に与えた指令であり、すべてのプログラムがそこに最適化されている。ただ一つの例外を除いて。
その例外とは――リクトに与えられた目的、子づくりして主夫になり、ぐうたらしてサボりたい、という目的を達成してしまうことだ。管理能力のないリクトを働かせるために、マスターが知恵を絞って作り上げたのこのプログラムを、ペンデヴァーは絶対阻止しなければならない。そのための彼の監視役である。
しかし、そこまで念入りに対策しなくともよかったのではないだろうか。ことあるごとに片っ端から誰彼構わず声をかけまくり、『僕と子づくりしませんか?』と言い寄るリクトは、欠陥のせいか、はたまたリクト自身のポンコツさゆえか、彼はどのようにしたら子どもができるのかすら理解していないうえ、相手の性別も関係なく求婚してしまう。そのうち、求婚しておきながら、『僕にも相手を選ぶ権利はある』などと言い出しそうではあるが、現段階でその兆候は見受けられない。
「……グァ?」
――いや、待て。
ふと、ペンデヴァーは嫌な予感を覚えた。リクトの管理権限をもってすれば、相手が誰であろうとこの人との間に子どもができた、と彼が認識してしまえば、ペンデヴァーにそれを実行させようとしてくるのでは?
物理的に子づくりすることを防げたとしても、リクトの管理権限で子づくりを実行させられてしまえば、たとえ相手が男であったとしてもそれが成し遂げられてしまうではないか。いや、リクトの管理権限だからこそ、ペンデヴァーにはそれを拒むことができず、世界の物理法則を無視してそれを可能にしてしまう。
――マスター。まさか、リクトが単純に女性に求婚して、子づくりすることを防ぐという想定しかしていなかった、などということはないですよね!?
「グァァァァッ!」
ペンデヴァーは気づいてしまった。
欠陥があったのはリクトだけではなく、マスターも同じだったということに。
――駄目だ。絶対に駄目だ。
生身の人間が意識せずとも呼吸ができるように、ペンデヴァーもまた管理権限を意図せずリクトの意思に沿って強制行使させられてしまう。リクトが子づくりして主夫になるという目的だけは阻止するはずなのに、自分がそれを実行してしまうというのか。
「グァッ……」
一見、矛盾しているようで、筋が通ってしまっている――。
その思考に、ペンデヴァーのリソースメモリは悲鳴を上げ、早くも一度目のフリーズを経験してしまう。
強制再起動をかけ、監視システムが立ち上がるのを待ちながら、ペンデヴァーは絶望し始めていた。彼が男に求婚してしまうことだけは絶対に避けなければ――。女性への求婚はもはやどうでもいい。それはシステムによって弾かれる。問題は、システムでも弾くことのできない、リクトの矛盾によって成立してしまう事象のほうだ。
リクトの男性への求婚行動はなんとしてでも防ぐ。絶対回避が求められる事象を最優先監視事項として更新したペンデヴァーは、そこで唐突な緊急アラートを受け、我に返る。
魔王会議を終えようとしているリクトのいる部屋へ向かって、何者かの足音が近づいてくる。監視機能を用いて確認すれば、ウェーブかかった金髪を揺らし、黒縁眼鏡をクイっと持ち上げて腰を揺らしながら歩いてくる女性の姿が映る。
「グァ……」
ああ、また彼の暴走が始まる予感がする――。
ペンデヴァーはため息のような声を漏らすと、白煙を上げて彼の魔王としての姿の変身を急いで解き、ペンデヴァー自身も企鵝のぬいぐるみへとその姿を変え、リクトの腕の中に収まっていた。