#1-A(後) 閉会の言葉? そんなのどうでもいいんだけど
僕の我慢に、追い打ちをかけてきたのは、ウールルちゃんだった。いや、話を伸ばさないで? 話題を振ったのは僕のほうだけどさ。
「ペン兄は、クーラル=イル=キャ=ンディヴェッシュ=ターナカ=イチ=ルロォにはあげられない。ペン兄と結ばれるのはウルルのほう。あと、ペン兄をこっそりポケットに入れて持ち帰ろうと企んでいる、チャッロプフゥホヒィアとは少し話し合いが必要かもしれない」
おう。
モテる男はつらい、的なやつだろうか。
それにしてもウールルちゃん、あの言いづらい名前と長ったらしい名前を噛まずによくもまぁスラスラと。僕よりもできる子みだいだね。きっと。
そして、ウールルちゃんによってバラされているが、チャッピィはやはり僕の血を狙っていたということか。僕がこっそりポケットに入れてお持ち帰りしたかったのに、逆にお持ち帰りされるようなことになっているし。でも、キミのそのポッケに僕は入らないよね。
ところで、僕の適当発言がここまで発展するとは思いもよらなかった。ここは発言の責任を取る必要があるかもしれない。今さら、嘘でしたごめんなさい、では済まされないのだ。若干二名に話を大きく膨らまされたが対策は僕が練っていることにして、この話はここで終わらせようか。
会議は一時間だったはずの予定を、すでに三十分もオーバーしている。このままではいろいろと面倒なことになる。主に、漏らしてしまいそうだという点において。
「まぁ、でも心配はいらないさ。なんなら、僕のほうから迎えに行ってもいいんだし」
右手の親指を自分のほうに向け、得意げに鼻を鳴らせば、一同は感嘆の声を上げながら再び一斉に僕のほうを向いた。
――ふぅ、これでいい。
何一つ戦う力など持ち合わせていない僕が勇者になど敵うはずはないのだが、存在しない者を相手に勝利を宣言することは簡単だ。何せ、相手が存在しないのだから。勝利を宣言したあとで適当に誰かを勇者に仕立て上げ、口裏を合わせてもらえばいいのでは? プリンで買収してもいいし。肉まんもつけようか?
だいたい、魔王が勇者に討たれる運命にあると決めたのは一体誰だ。世の中、悪い魔王ばかりではない。本当に勇者がいて、僕らと出会うようなことがあれば、できるだけ穏便に済ませたいよね。プリンの早食い選手権をやるとか、お料理選手権でも開催するとか。それならば必ず僕が勝つ。
「何も考えていないように見えて、実はすでに手を打っているペン兄はやっぱり偉大。ペン兄に任せておけば安心安全。でも、トイレを我慢しておしっこ漏らしそうになっているペン兄はちょっと残念。ウルルもプリン食べたい」
いや、だからさ。
まるで僕の心の中を読んでいるかのような発言はやめようか。
それに、彼女は僕のことを買い被りすぎだ。たった今思いつきで言ったことに対して既に手を打っているとはこれいかに。嘘をつくにもほどがあるし、矛盾しかしていない。だいたい、僕が嘘をつかないなんて信じ切っているのか、嘘の演技をしているのか判断できないところが危険すぎる。この子には何も隠し通せないはずなのに、僕が過大評価されている理由がわからない。
とりあえずこの話は一旦保留にして、会議を終えることだ。そろそろ進行役のスーツ姿の男の堪忍袋の緒が切れるどころか、袋自体が破裂しそうだからだ。
僕が被っている――まるで雪山登山をする人間が着用する――耳より下に羽根の垂れたペンギン帽は、口元だけは隠しきれない。引きつった笑みを浮かべそうになるのを堪え、薄い笑いで誤魔化しておく。そろそろ僕の我慢の限界も近いことだし。いろいろと。
「ウールルちゃんの言う通り、みんなは僕に任せておけばいい」
「ペン兄。ウルルはウールルじゃなくてウルルだから、ちゃんと呼んでほしい。でも、名前を正しく覚えられない、ペン兄のお馬鹿なところも可愛い」
「……」
「ポンデヴァルト卿はペンコツ、ロヴァー拾弐號機と同じ、覚えた」
僕が無言になると、ピーガガガ、と音を立ててポンコツロボットが言葉を発する。ひどいじゃないか。名前を覚えられないところは僕もキミと同じみたいだけどね、フッ。
「なぁ、まだ続くんか?」
「そろそろ終わりにしてくれんかの。我ら年寄りは、こうしてじっとしとるのも堪えるんじゃ。今日は、ひ孫のひ孫のひ孫のそのまたひ孫の孫が遊びに来るもんでな。ケーキを焼くのに、スーパーの特売に駆け込んでバトルせねばならんのだぞ? これから準備運動がてら走り込みとストレッチをしておく必要があるんで早う上がりたいんじゃが」
今度は老人二人組。死んだ魚のような目をした――いや、実際に死んでいる魚の兜をつけた生臭そうなおじいちゃんがウォットナーで、紙袋を逆さまに被り、まるで角のように長ネギを刺したおばあちゃんがグラン・ママレードだったか。紙袋には買い物リストらしきメモ書きがあり、その周りには『ばぁば』と書かれた人物の絵が描かれている。どこかで見たことのある絵だ。
二人とも元気なようで、何よりだ。
「みんな今日は――」
僕が右手を上げ、今度こそ本当に締めの言葉を言おうとしたときだ。スーツ姿の男が左手を腹に当てて礼を取り、その場を仕切り出す。
「それではただいまの時刻をもって、閉会いたします。みなさまお疲れ様でした。会議システムからすみやかにログアウト願います。なお、ログアウトされない場合には、三〇秒後に強制排除いたします」
スーツ姿の男が頭を下げ、そう言うと、一同は順に立ち上がり、闇の中へと消えていく。言葉を奪われ、その勢いも萎んだ僕は、椅子の背にもたれ、ふぅ、と息をつく。とりあえず僕は、全員が闇の中に消えるのを見届けたあとで席を立ち、彼ら同様に闇の中へと姿を消す――はずだったのだが。
闇は晴れず、後ろを振り向けば、目の前ににゅっと現れるドラゴンの面、もといスーツ姿の男。面をしていてその表情は窺い知れないが、なぜか怒っているように感じられた。男は僕の両肩に手を置こうとその手を伸ばし――。
――まるで現実に引き戻されるかのように、見えない何かに肩を押さえつけられる感覚だけを味わいながら、僕の身体は何の抵抗もなく後ろへと倒れていった。