#8-A 今度は開会の言葉? なんも考えてなかったけど
「それではこれより、第七六五万四三二二回、魔王定例会議を開始いたします。まず初めにペンデヴァルト卿より、開会のお言葉をいただきます」
円形に並べられた大小様々な執務机と椅子にスポットライトが当てられている。そこに座るのは、僕を含めた七人の魔王たち。全員が身バレ防止のために顔を隠し、勢ぞろい。定例会議は出席が義務付けられているらしく、出席率は今のところ百パーセントなのだとか。そのうち僕がそのパーセンテージを下げそうだけど、とりあえず五回目くらいまでは頑張ってみようかな。
そして、スポットライトが当たっているところ以外は暗闇に包まれており、僕たちの机で取り囲んだ中央には、何やら台座が用意され、そこに片膝を立てて腰かけている、ドラゴン面を被ったスーツ姿の男がいた。なんだか今日はめちゃくちゃキザったらしい。スポットライトを浴びた彼は、何かを乞うように、演技がかった所作で僕に向かって右腕を伸ばし、しかし、通常営業の口調で開会を告げた。
え?
ああ。僕か。というか、また僕が言うの?
これ、僕が言う意味ある?
面倒くさいなぁ。
何も考えていなかった――というか、いつも何も考えてないんだけど、どうして彼はこう、いつも僕に無茶振りをしてくるんだろうか。雑談会を除けば、魔王会議もまだこれで二回目だけど。
例のごとく足を組みなおし、椅子に背を凭れ、腹の前で手を組んだ僕は、全員の顔を見回しながらそれはもう厳かな声で発言する。
「……勇者を倒したよ」
途端、騒めき出す一同。ドラゴン仮面の男は仰々しく両腕を上げて真っ暗闇の天を見つめ、さすがは我が神よ、なんて呟いてる。まあ、倒したのはほぼスオウで、僕は早食い対決でプリン食べてただけだし、料理対決ではまるっと寝てたからね。
それより、勇者に恐れをなしていたチャッピィにこっそり餌として送り付けたけど、あれからよろしくやっているんだろうか。まぁどのみち、何かあったとしてもあれは偽物だったと言えばいい。本物に仕立て上げたケントくんが、なんだかんだでまだ僕のもとにいるからね。
「なぁ、企鵝の兄ちゃん。それはどうやったんだ?」
道化師のような黒い仮面に、黒いローブを身にまとった男――アルパッジョが低い声をさらに低くして僕に訊いてくる。
「どう、って。そりゃ、もうけちょんけちょんにしたよ。僕の胸もちくり、と痛んだんだ。小指の爪の先くらいには」
――ドンッ!
アルパッジョが机を叩きつけてその場に立ち上がる。その音に全員がアルパッジョに注目した。視線を受けたアルパッジョはしばらく無言で立ち尽くしていたが、一言、
「すまない、進めてくれ」
とだけ言うと、静かに着席する。それに異を唱えたのは馬面の被り物の首部分に穴を開け、そこから金髪縦ロールの髪を出してふわんふわんと揺らす、ウールルちゃんだ。
「言いたいことがあるなら言っておくといい、アルバ・ットジョッカッツォ。ペン兄は寛大だから、何を言っても許してくれる。それより、この状況で黙っていることのほうがアルバ・ットジョッカッツォの立場を危うくするだけ」
「あーら、あたしはそうは思わなかったわ? むしろ、言いたくないことを無理やり言わせようとしてないかしら? ねぇ、ウルル?」
馬面の被り物と、福笑いの扇子が睨み合っている。後者は筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒す、赤いワンピースドレスを着たキャンディちゃんだ。今日の福笑いは成功率八割といったところか。この前より割と完成度が高い。腕をあげたね。
「お二方、議題に関係のない話は――」
「いいよいいよ。僕もアルパッジョに訊きたいことがあるから、続けてもいいかな?」
僕でもわかる険悪ムードに、ドラゴン面の男が二人を止めようとする。が、僕はそれに割り込んで発言し、彼を止めた。これが前回だったら、恐らく至近距離にまで近づいて来てガン飛ばしてくるような彼が、僕の言葉に頭を下げて引き下がった。さっきから僕のほうだけロックオンしてるんだけど、なんだか僕に対して従順になってないかな、彼。ちょっと気持ち悪いかも。
まぁそんなことはどうでもよくて。割り込んだからには、それらしいことを訊かないと。彼は黒ずくめだけど――。
「白いの、かな?」
「――っ!?」
アルパッジョが驚いたように息を飲むのを見て、キャンディちゃんがその福笑いの扇子を怪訝そうな顔に変える。あれ、変化するんだ。え、もしかして、元の顔をそのまま反映させてたりするのかな? 面白い。欲しいな、あの扇子。まるでペンデヴァーみたいじゃん?
あ、痛っ。ちょっとちょっと、ペンデヴァー。耳垂れ帽のフリッパーでパンパン叩くのやめてよ。
「ペン兄に隠しごとは通じないから言ってしまったほうがよかったのに。アルバ・ットジョッカッツォは選択を誤った。ウルルの占いにもそう出てる。ウルルの言う通りにしていればそうならなかったのに」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、やっぱり白か……」
なんとなく、今日は白いパンツを履いてるんじゃないかなって思って聞いただけだったのに当たってたんだって。
「……っ! だったらどうなんだ? 俺をここで断罪でもするつもりか? 何を証拠に? そもそもなんの追求だ?」
前回の会議でもあまり発言しなかったアルパッジョがやけに饒舌だ。ウールルちゃんは相変わらず。珍しくチャッピィが今日は大人しいと思ったら、机の上で布団敷いて寝てた。添い寝してあげるから、僕もそこで寝てもいいかな?
「誰が勇者を召喚したのか。その元凶と繋がっている裏切り者がここにいる。ペン兄は最初から知っていた。ウルルが今占ったから間違いない」
いやいやいや。ウールルちゃん。僕はそんなの知らないよ?
いつの間に僕はそんなことを知っていたんだろう。まさか夢の中でとか。まぁ、僕は起きていてもいつも夢の中にいるみたいな感覚だから、覚えてないだけかもしれないけれど。
あとでペンデヴァーに聞いたら教えてくれる――あいた、だから痛いって。今日のペンデヴァー、ちょっと機嫌が悪いみたいだね。まさか、昨日は生魚がなかったから、冷凍で我慢してもらったのを根に持ってる?
「裏切り、とは聞き捨てならないじゃないの。で、それがアルバだってことね? ふーん……」
ウールルちゃんの一言で、若干アルパッジョ寄りだったキャンディちゃんまでもが、福笑いの扇子の顔で疑いの眼差しを向け始めた。だからそれ、便利過ぎるんだって。
「ピ、ガガガ。ケンカはよくない。ロヴァー拾弐號機は平和主義だから、徹底的に実力行使で仲裁する」
そう言いつつ、右腕に搭載された銃をアルパッジョに向けるポンコツロボット。なるほど、平和主義的に解決するよう、実力行使で黙らせる、と。ポンコツだから矛盾しちゃうのもしかたないよね。まぁ、この会議場は仮想空間上だから、撃ってもなんの被害も出ないけどさ。これは完全にアルパッジョが悪人の雰囲気だ。
「なんじゃなんじゃ。結局、何がどうなってるんじゃ? よくわからん。この爺にもわかるように説明してくれんかの?」
「生臭い爺は黙っておれ。こうなったらあれしかないじゃろ?」
生魚の頭を被ったおじいちゃんが、紙袋にネギを二本刺したおばあちゃんに怒られている。今日の買い物メモは、ふむふむ? ヴィルグールのたぽたぽ焼きって書いてある。それ買い物メモじゃなくてレシピじゃない?
ところでおばあちゃん、こっち向いてアレ、とか言ってるけどなんだろう。あっち向いてホイ的な何かだろうか。うーん。だからなんで、皆、僕のほうを向いて次の言葉を待ってるみたいな感じの雰囲気を出すわけ?
面倒くさいことは嫌いだから、僕は何もしないよ?
そもそも、アレがなんなのかさっぱりわからないし。でも、話が進まないから。
「そうだね。それじゃあ、こうしよう。皆の治める大陸を順番に視察しよう。僕がそれで判断するよ。それなら文句ないでしょ?」
思いつきで言ったけど、めっちゃいい考えじゃない?
これなら仕事サボって遊びまくれるじゃん。え、世界一周旅行? 最高じゃん!
「視察って何を視察するんだ? まさかその格好で来るのかよ」
アルパッジョは僕のペンギン帽を見つめ、どこか狼狽えたように言う。きっと、そのままだとアルパッジョの治める大陸は暑いから、っていう気遣いだろうね。
「大丈夫。みんなには内緒でこっそり視察するから。行く順番も教えないよ? あ、ウールルちゃんは占っちゃだめだからね。楽しみは取っておくように」
「ペン兄の命令は絶対。ウルルはいい子だから言うこと聞いてちゃんと待ってる。だから、ウルルのところには一番に来て欲しい」
「その約束はできないよ」
「ウルル、ちょっと悲しい。でも、あとでチャッロプフゥホヒィアに八つ当たりするから、いい」
そんな泣きそうな声出さないで。僕だってウールルちゃんとは遊んでみたいけど、遊ぶ計画は念入りに立てないとね。長期サボり計画――あいたっ、だから、なんでペンデヴァーは叩くのさ。え、サボらせられない? 違う違う。サボりじゃないよ。これは。ちゃんと視察だから。魔王としてのお仕事なんだよ?
「そういえばさ、今日の議題ってなんだったっけ――」
「それではお時間となりましたので、第七六五万四三二二回、定例魔王会議はこれにて閉会いたします。皆さま、お疲れ様でございました。会議場からはすみやかにログアウト願います。なお、ログアウトされない場合には、三〇秒後に強制排除いたします」
あれ、なんかデジャヴ。始まる前に終わるってなんか前回もあったような――。余裕ぶっこいて座ったままでいたら、ドラゴン面の男がズンズン近づいてきて僕にドロップキックをして見事に僕の身体をすり抜けていった。




