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#7-B 常識とはなんだったのか

 プリン早食い対決と料理対決は、ハンター管理局本部の催事ホールを貸し切って執り行われることとなった。会場にはたくさんの観客が押し寄せ、出店が並ぶお祭り状態だ。


 対決の審査員はセイヌ自身が選ぶことになった。対戦相手であるリクティオが、なんだか面倒そうにそう告げたのだ。彼はやる気なさそうに、今はプリンよりスープが飲みたいかも、などとほざきながら。即座にケントとタスクが、


「あんたがプリン食べたいって言うから出かけてこんなことになったんだろうが!」


などとツッコミを入れていたが。


 それはさておき、セイヌが審査員に選んだのは、仲間と呼んでいいのかどうかわからない、もはや使い物にならなそうなドリステッドをはじめ、元同級生のケントとタスク、そして観客の中から気の弱そうな、知らないおじさん。最後の一人には、黒縁眼鏡にウェーブがかった金髪の女性を選んだ。


 話の通じなくなっているドリステッドは、先ほどからこちらばかりを見て気持ち悪いほどにうっとりとしているが、恐らく自分に不利なジャッジは下さないだろう。ケントとタスクに至っては、睨みを利かせ、耳元でこっそりと少しばかり脅しをかけた。自分に対する過去の恐怖は、きっと今でも十分に効果を発揮してくれるはずだ。


 知らないおじさんとお姉さんには、それぞれ媚を売っておく。これであいつが勝つことはないと思う。セイヌは内心でほくそ笑みながら、勝負をしかけてきた少年のほうを見やる。彼はのんきに、左右に振られる狼耳の少年の尻尾を追いかけて遊んでいた。


 チッ、と舌打ちをする。全くこちらには意識を向けていないのが癇に障る。あいつにはまだ負けていない。狼耳の少年剣士には呆気なく負けたが、あいつが彼よりも強そうとはまったく思えない。それに、早食いにも料理対決にも自信はある。小学生時代から母の代わりに夕飯の準備をしてきた自分を舐めるなよ、と意気込んでいたところでマイクを持ったスーツ姿の男が壇上へと上がり込んで来た。


「皆様お待たせいたしましたァッ! それではこれより、銀行強盗犯カマ・セイヌ対、我らがトップハンター、リクティオとのプリン早食い一本勝負を開始いたしますッ!」


 歓声が沸き上がる。観客たちは皆、リクティオコールを始めていた。これでは完全にアウェイだ。それもそのはず、ドリステッドが自演した銀行強盗なのに、セイヌが首魁として扱われているからだ。許せない。これは勝って、あいつをぎゃふんと言わせてやらなければ気が収まらない。あいつには度重なる辱めを受けてしまったのだから。


「司会実況は私、ハンター管理局本部、たった一人だけの部署、独身ハンター実況部所属のアナ・ウンスが務めさせていただきますッ!」


 本人の熱の籠った実況とは裏腹に、拍手はまばらだ。どうやら実況の男――ウンスの人気はほとんどないらしい。


「さて、対戦するお二方には準備をしていただきながら、この私がルールを説明しましょう! ご覧の通り、お二人にはそれぞれ、巨大ガラス水槽の中へスタンバイしていただきます!」


 どこから現れたのか、数人のスタッフによって誘導されながら、十メートル四方はあるだろう、空のガラス水槽の中にセイヌとリクティオが閉じ込められる。深さは五メートルほどありそうだ。スタッフたちは二人を水槽の中に誘導すると、梯子を取り外し、階段を撤去していく。一体これがプリン早食い対決と何の関係があるのだろう、そう疑問に思っていると――。


「勝負は簡単! このガラス水槽を埋め尽くす勢いで流れ込むプリンをいかに早く食べ尽くすか! 食べきれず、プリンに溺れたら負けです! さぁ、準備が整いました! では勝負開始!」

「はぁっ!?」


 冗談じゃない。

 普通のプリンを次々に食べていくだけの簡単な勝負だと思っていたら、プリンのプールから脱出するように食べ尽くさなければならないなどとは。理不尽極まりないルールにセイヌが抗議の声を上げるも、無情にも対決開始のゴングが鳴り響き、頭上から勢いよくとろけるプリンが注ぎ込まれてくる。滝のように流れ落ちてくる甘いプリンは、すでにセイヌの膝下まで溜まりつつある。これを食べろというのか。


 セイヌが隣のリクティオのほうのガラス水槽を見やると、彼は企鵝嘴(ペンギンマスク)をした口を大きく開けて上を向き、流れ落ちてくるプリンをそのまますべて吸い込んでいた。身体がプリンまみれになることもなければ、足元には全く溜まっていない。


「う、嘘だろ……!?」


 驚愕している間にもプリンはセイヌの腰あたりまで埋まりつつあり、全身が飲み込まれるのも時間の問題。


「うーん、これは実況のしがいが全くありません! この勝負、お話にならないレベルでリクティオ選手の勝利は揺るぎないでしょう! もうこうなったら、セイヌはプリン地獄に溺れてしまえばいい!」


 司会実況のくせに、公平性のない実況をぶっこんで来る。だがセイヌには、その実況に突っ込むことはできない。顔の半分までもがプリンに埋もれかけ、勢いはまったく衰えず――やがてカスタードのプールに沈んだ。


 カンカンカン!


「おおーっと! ここで試合終了のゴングがなりました! 結果は一目瞭然! 全くプリンに埋もれることなく、まるで飲み物のように飲みつくしたリクティオ選手のKO勝ち! なんということでしょう! 審査員五名の審査する出番すらありませんでした。プリンに溺れたセイヌ選手は救護班が引き上げにかかっています!」


 プリンプールから引き揚げられたセイヌは、全身から甘い匂いを発し、口からは泡だかプリンだかよくわからないものを垂れ流している。


「いやぁ、圧巻の勝利でしたね、リクティオ選手。セイヌ選手は呆然としています。彼の復活を待って、次の料理対決へと移りたいと思います! 今しばらくお待ちください」


 控室に運ばれ、頭からタオルを掛けられたセイヌは、ベンチに座り、孤独に項垂れていた。


 なんだ。なんなのだ。


 あんな早食い対決など、見たことも聞いたこともない。あいつはなぜ、あんなにも吸い込んでいられたのだ?


 ――まさか、いかさまでもしていたのか?


 どうやって――。仮にそうだったとして、それを追求する証拠もなければ、根拠もない。単なる言いがかりとして処理されるのは目に見えている。こうなったら最後の料理対決に賭けるしかない。大丈夫。料理の腕は、セイヌの母親にだって認めてくれていた。


 セイヌは静かに立ち上がると、拳を握り、その身を震わせた。


「さあ、セイヌ選手、復活してようやく戻ってまいりました! 彼のせいで三十分も待たされた観客たちは大ブーイングです。さっさと始めたいので、位置につけやゴルァ!」


 会場に戻って来るなり、観客たちからのブーイングの嵐。実況者にも暴言を吐かれる始末。セイヌに味方はいないのか。


 くっ、と唇を噛み締め、セイヌは用意されていた調理台の前に立つ。反対側には、企鵝(ペンギン)のエプロンを身に着けたリクティオが腕組みをしてこちらを見つめていた。


 今度こそ。あいつにだけは負けてなるものか。気合を入れ直し、台の上に用意されていた黒いエプロンを手に取る。


「セイヌ選手にリクティオ選手から、エプロンの贈り物です! なんというリスペクトでしょう! 懐の大きさに我らリクティオ派は感無量です!」


 わざとらしくさめざめと泣いて見せる実況者。リクティオから贈られたというエプロンを広げて見ると、誇らしげにしている犬の絵と、しょんぼりしている犬の絵が描かれており、しょんぼりしているほうの犬の絵の下に、上矢印が書かれていた。


 思わずエプロンを床に叩きつけるセイヌ。負け犬の噛ませ犬ということか!?


 ――なんで母さんは、よりにもよって、“加間”姓の男性と再婚なんてしてしまったのか。


 偶然とは思えない、何か、陰謀めいたものを感じてしまう。


「それでは、料理対決のルールを説明いたしましょう! 調理時間は2時間です! ここに準備された食材ならば、何を使っても、何を作ってもオーケー! 料理の審査は、先ほどセイヌ選手が選抜した五名に行なっていただきます! それでは準備はよろしいでしょうか! 調理スタート!」


 スタートの合図の鐘が鳴り、セイヌは食材の積まれた台へと移動する。置かれているのは見たことのない肉や魚、野菜や果物。それと、大量の調味料。何を作るかはもう考えている。異世界に召喚されたならばもはや鉄板だと言わざるを得ない、そんな料理がある。絶対、この世界にはないだろう、あれが。


 ――セイヌは赤みがかった鳥の肉の塊をトレイに載せ、鶏卵よりも二回り以上大きな卵を手に取る。野菜類もいくつか手に取り、続いて調味料を選別していく。


「さあ始まりました。リクティオ選手対セイヌ選手の料理対決。二人はそれぞれ異なる食材を手にしています。一体何を作るつもりなのでしょうか。ここからは、リクティオ選手率いるトップハンターチームの一員、スオウさんを解説に進めてまいります。スオウさん、この勝負、どう見ますか?」

「リクトは俺の嫁」

「おおお! さすがスオウさんです! リクティオ選手の勝ちは揺るぎない、そんなお言葉をいただきました!」


 いや、言ってないだろ。そんなこと。


 実況者のどうでもいい話に、セイヌは内心でツッコミを入れる。今に見てろ、この料理でギャフンと言わせてやるんだ。セイヌはほくそ笑みながら、調理を開始した。


「どちらからともなくいい香りが漂ってきています。忙しく調理台を動き回っているセイヌ選手! 一方、リクティオ選手は、椅子に座っていますね。これはサボって余裕の居眠りでしょう! とても素晴らしいです!」


 実況の言葉にリクティオのほうを見やれば、確かに彼は椅子に腰かけ、腕組みをして目を閉じている。何が素晴らしいのか。馬鹿にしやがって。こんなの、勝ったも同然ではないか。セイヌはできあがった料理を皿に盛りつけ、クローシュを被せる。


「さぁ、そろそろ終了の時間です!」


 カンカンカン!


 調理終了を知らせる鐘が鳴る。セイヌは席についている審査員五名の前に、皿を並べた。


「それではまずはセイヌ選手の料理からどうぞ! オープン!」


 クローシュを持ち上げると、そこには鶏肉に似た肉を唐揚げにし、ネギのような何かを刻み込んで混ぜた白いソースがかけられていた。


「セイヌ選手、これは一体……?」

「ふ、食って驚け! 何かよくわからん鳥の唐揚げ、タルタルソースがけだ!」


 静まり返る会場内。そしてその一瞬後――爆笑に包まれた。


「なっ……!?」


 どういうことか理解できず、セイヌは狼狽える。セイヌの渾身の力作を場内の全員が馬鹿にしている、そんな気すら覚える。


 わけがわからず、セイヌはこみ上げてくる怒りを抑えることもせず叫んだ。


「ふ、ふざけんな! これを食っても笑っていられんのかよ!」


 審査員全員が誰も手を付けようとはしない。ケントとタスクだけがカラトリーを手にしているが、残りの三名が全く動かないためにとまどっているようだ。


「うーん、食べられないものを食べさせようとするのはさすがによくないんじゃないかな?」


 そこで口を挟んだのはリクティオだ。

 食べられないものだと――?

 そんな馬鹿なことがあるものか。


「嘘だと思うなら、これを見たらいいと思うよ」


 そう言ってリクティオはつかつかと歩いて行き、ドリステッドの前で唐揚げを一つ、素手でつまむと、それをドリステッドの口の中に押し込んだ。


「ひぎぃぃぃっ!?」


 ドリステッドの悲痛な悲鳴とともに、バキッ、ボキッ、と何かが折れるような音がして血とともに全く形の変わっていない唐揚げを吐き出した。


「ひゃひゃふへふひぃっ、ふひぃっ!」


 見れば、ドリステッドの歯が根元から折れていた。


「オウリ・ハルコーンの身は、加熱するとどんな鉱石よりも硬くなるんだよ。そんなことも知らずに調理するなんて、まだまだ、だね。あと、タルタルソースの流行りはとっくに終わったよ。今はポルポルソースのほうが人気なんだ」


 リクティオの言葉に、セイヌは目を見開いた。この異世界にタルタルソースの概念があったなど、信じられることではない。それに、加熱すれば鉱石よりも硬くなる肉など、あっていいはずがない。


「そもそも、タルタルソースの起源は、この世界にあるんだよ。キミの住んでた世界に誰かが持っていったんだろうね」


 そんな馬鹿な――。


「これは予想通りの結末でしょう! セイヌ選手の作ったものは、料理と呼ぶのもおこがましい、鉱石よりも硬いただの石でした!」


 会場中からは失笑の嵐だ。ここまで屈辱的な思いをする羽目になるとは、セイヌはうっすらと目に涙を溜め、唇を噛んだ。


「このまま僕の勝ち、っていうのも味気ないからさ。僕の料理、彼らにちゃんと食べて審査してもらってから、僕の勝ちを宣言させてもらうよ」


 リクティオがそういうと、コック帽を被った小さな企鵝(ペンギン)たちが皿を運んでくる。審査員五名の前に皿を置いたペンギンはクローシュを取ると、ダッシュで下がっていく。


 皿の上に載っていたのは、黒や紫、青に緑のいかにも失敗しました、という見た目のスープのようだった。だが、とてつもなく食欲をそそられる香りが周囲に漂い始めていた。


「僕の料理は三度絶望する。一度目はこの見た目と匂い。ほうら、食べたくないのに食べたくなる。もうその手にスプーンを持ったが最後、口に運ぶしかなくなるよ?」


 ゴクリ、と唾を飲み込む音が会場中に聞こえた気がした。一番最初にスプーンを取り、迷わず口に運んだのは――金髪の女性。


「な、なにこれ!? すごくおいしい!!」

「な、なんだとっ!?」


 女性の言葉に、残りの四人全員がスプーンを口に運び、かき込んでいく。


「これはすごい! セイヌ選手の激硬唐揚げには見向きもしなかった審査員の方々が、一気にスープを平らげるッ!!」


 実況の男が実況席から立ち上がると、片足を机の上に乗せ、興奮気味に前のめりになって叫ぶ。セイヌはその雰囲気に顔を青褪めさせる。何が起こっているのか、全く理解できないからだ。


「おかわりをッ! おかわりをくださいッ!」

「俺もッ!」

「僕もッ!」

「私にもッ!」

「ははひほっ!」


 金髪の女性。ケント。タスク。知らないおじさん。そして、歯の抜けたドリステッドまでも、空になった皿をリクティオのほうへと差し出す。それを見てリクティオが嗤う。


「残念だったね。おかわりはもう、ないんだ」


 その言葉に項垂れる一同。


「おっと! なるほどそういうことか! 二度目はおかわりがもらえない絶望ということか! では三度目の絶望とはっ!?」


 実況の男はマイクを持ってリクティオのそばへと駆け寄る。彼の顔の前にマイクを突き出すと、リクティオは両腕を広げ、会場中の――特定の誰かにではない、全員に向かって言う。


「こんなにおいしいもの、おかわりがないならまた作って欲しいって思ったんじゃないかな? あわよくば、レシピを知りたい、と」


 その場にいた全員が頷く。そうだ、知りたい。セイヌは食べ損なったが、全員が口をそろえて美味いというあのスープ、一度でいいから食してみたい。負けを味わうことよりも、食に対する興味が勝っていた。


「僕のレシピは再現不可なんだよ。なんてったって、この僕が、何をどれだけ使って、どう調理したか、全く覚えていないんだからね! だから、この料理、一度きりのスペシャルユニークな、料理だよ! 食べられたキミたちは、最高に運がよかったよね! この料理の名は、そうだね――モウ・タベラン・ナイのシクシク焼きってどうかな?」

「なんということでしょうか! もう二度と食べられない! モウ・タベラン・ナイのシクシク焼き! スープなのに焼いてあったのか! いや! わかりません! リクティオ選手が焼いているところを見た者は誰もいません!! これは伝説に残る料理となることでしょう!! さあ、それでは審査員の皆さま、審査を!」


 リクティオが説明すると、実況が泣きながら五人に審査を求める。五人全員がリクティオが勝ちであることを示す、赤い札を上げていた――。

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