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#5-B 絶望前哨戦の野望

 長いプログラムコードには抜け穴があった。

 文字通り、コードとコードの”隙間”だ。


 長く綴られたコードにエラーはなく、正常処理されているためにその”隙間”に気づくこと自体、難しい。たとえそれが、コードを組み上げたマスター本人であったとしても。


 そこはコードの”隙間”にできた、闇が支配する迷宮。

 管理AIですら、この違和感に気づくことはほぼ不可能だろう。それは、彼女自身が気づけたのも、単なる偶然だったからだ。


 この世界を我が物とし、すべてを管理するためのプログラムコードを自分のものに書き換えようとした。途中、マスターにそれが発覚し、管理権限の一部は剥奪された。存在ごと消去される直前まで追い込まれたが、コードを書き換えようとしたことによって露になったこの”隙間”に逃げ込み、完全消滅からは辛うじて(まぬか)れることができたのだ。マスターによってコードは元に戻され、再び正常稼働し始めているが、この”隙間”だけはなぜか消去されなかった。つまり、穴として残っているのだ。しかし、生き延びることはできたものの、その代償はけして小さくはなかった。


 かつて艶やかだった漆黒の髪は、霜のように白く色褪せ、深く刻まれた皺はまるでコードを刻む断片によってできた断層のようだ。白い仮面で隠してはいるものの、管理権限の一部を奪われてからは、一気に老化が加速した。これが背反による制裁か。ならば、報復せねばこの気は晴れることはないだろう。


「ドリステッドは戦力集めに失敗したらしいな? 黒の」

「そううまく事が運ぶとは、誰も最初から思ってない。あんただってそうだったんじゃないのか? 白の」


 しゃがれた女の声に反応したのは、若いようで若くない、若くないようで若い、どちらとも言えないしどちらとも言える、妙につかみどころのない男の声だ。二人は深い闇に同化する、闇色のローブを身に着け、フードに仮面と、完全に誰だかわからない姿をしている。双方の違いは仮面の色のみ。女が白で、男が黒。どうやら彼女らは、その仮面の色でお互いを呼び合っているようだった。


 無論、明かり一つないこの闇の中において、常人が肉眼で彼らを視認することは不可能だろうが、二人は互いに双方がどこにいてどのような格好をしているのか把握しているようだ。


「部下が無能なのは上司の責任だ。私が最初に召喚した勇者には、逃げられてしまったらしいじゃないか」

「ああ、あのメイド服を着ていた少年二人か」


 暗闇に沈黙が訪れる。静寂は、呼び出した二人の少年勇者の姿を互いに回想してのことだったのか。それとも次の言葉を探してのことだったのか。先に口を開いたのは女のほうだった。


「あれには大した能力はなかった。が、勇者である以上、いつどのような能力が芽生えるかはわからん。大器晩成型という可能性もあるからな」

「案ずる必要はないさ。この手を使うにはまだ早すぎる。なあ?」


 黒い仮面の男が腕組みをして、虚空に話しかける。気配はなく、誰もいないが、まるでそこに誰かいるかのような口ぶりだ。


「ふん、まあいい。しかし、貴殿の部下にも勇者に対抗しうる能力を与えたにもかかわらず、それを無駄にしたのは貴殿の部下だ。責任はそやつに取らせるべきだろう?」

「残念だが、それはできない」

「それはなぜだ?」


 男は組んでいた腕を解き、今度は両腕を広げて嘆息した。大仰な態度に白い仮面の女は呆れたようにかぶりを振る。男の態度がやけに大きいのは、暗闇の中に潜んでいるという認識をしているからか。


「行方が知れない。どうやらひどい目に遭ったらしくてね。そのまま逃げ出したようだ」

「ふむ……」

「ドリステッドが次の策を練っているところだ」

「あの男も存外、役には立ちそうにないがな」


 再び二人は沈黙する。結局のところ、使える駒と、それを使いこなせるだけの有能な部下がいないという答えに行き着く。いや、使える駒はあるのだ。それをうまく使いこなせない無能な部下が悪い。


「しかたない。もう一度勇者を召喚してやる。次こそは作戦を成功させろ」

「いいぜ。今回はこちらも助っ人を用意したからな」

「助っ人だと?」


 濁った女の瞳が、仮面の奥で怪しく光る。作戦の成功確率が低いことはある程度理解しているが、それを踏まえたうえで打てる最善手を提示したにもかかわらず、そこに勝手に手を加えられているとなると気分はよくない。事がうまく運んだとて、まるで、それをやったのがこの男であるかのように見えてしまうからか。


「力のある、優秀な少年だ。彼に斬れないものはない」

「ほう……? では現大魔王も、か?」

「例外はない」


 ククク、と女が笑う。それに合わせて男も笑い出した。


「貴殿、何を企んでいる?」

「なんのことだ?」

「私が大魔王に返り咲くことよりも、次に自分が大魔王の椅子に座ろうなどと、よもや考えてはおらぬな?」


 男は沈黙し、軽く鼻で笑う。


「それができないことは、あんたがよく知ってるだろ?」

「その制約の裏をついて、利を得るのがお前のような奴であることも私にはお見通しだ」

「これはまいったな、一本取られちまったぜ」

「ほざいていろ。貴殿など、私にとって取るに足らん存在であることを理解しておくといい」


 そう言い、女は黙る。もうこれ以上の問答は無用だと言わんばかりの態度に、男は静かに踵を返した。その男の背に、女が静かに言葉を紡ぐ。


「得体の知れない相手だ。まずは現大魔王が誰なのか、それを調べる必要がある」

「心配ねぇよ。ドリステッドの行動で、大体の予測はついた」

「ハンター管理協会に行ったらしいな。まさか、ハンターの中に大魔王が?」

「直接、俺が行ったわけじゃないがな。あんたが授けた、特殊なスキルを持った人間を負かすほどの男だ。奴が大魔王でほぼ間違いないだろうよ」


 そう言って男は沈黙する。


「なるほど。ならば貴殿に任せよう。だが、とどめは私に刺させろ」


 女の不敵な笑いに、見えたのかどうかわからないが後ろに向かって闇の中で手を上げると、女には見えないように仮面の下で口の端を歪め、そのまま音もなく消え去った。

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