#3-A プリンに血のソースがけ? 激マズそうだけど
「やぁ、お帰り。みんな今日もお疲れ様」
にくまんもたまには遊び相手が欲しかっただろうから、三人がいてくれてよかったよ。今頃、くんずほぐれつ、仲良く遊び回っている頃かな?
僕はそんな楽しく遊んでいるだろうにくまんたちと別れ、ハンター管理局の本部へと戻ってきた。まだかまだか、と目的のプリンが到着するのを入口の前で仁王立ちして待っているのだ。
完全に陽が暮れて外が闇に包まれると、狩りを終えたハンターたちが汚れた姿で次から次に戻って来るが、一向に僕のプリンは届かない。
僕は彼らを迎え入れながら、やれやれ、と嘆息した。
「なぁ、あれって、もしかしてトップハンターのリクティオさんじゃね……?」
「マジか!? 初めて見たぜ……。ヤバいな、あの雰囲気……」
「憧れるよな……」
僕のそばを通り過ぎながら、若いハンターたちがひそひそと話しているのが聞こえてくる。僕ってそんなに有名だったのか。あまり自覚したことはなく、一体いつの間にそんなことになったのだろう?
そんなことを考えていると、酷く汚れた格好をした二人組の少年がお互いに肩を支え合い、よろめきながら戻って来るのが目に入った。白いシャツは茶色の汁で染まり、黒い服はあちこちが溶けて破れ、紅白の縦縞のパンツが丸見えだ。
「くそ……酷い目に遭ったぜ……」
「ほんとに……」
糞?
たしかになんか、微妙に臭うような……。
二人が僕の目の前に来ると、お互いに見つめ合い、首を傾げる。
「うん? お帰り? でいいのかな?」
「あ? ……どうも」
二人の服はあちこちが破れ、僕の今の格好とは違う意味で肌の露出が多い。彼らに一体何があったのだろうか。
「あ、シャワールームならあっちにあるよ? でも今は帰って来たハンターたちで溢れかえってるだろうから、もう少し待ったほうがいいかもね」
とりあえず、着替えるにしても、まずはその臭いをどうにかしたほうがいいだろう。建物内が汚れるのは他のハンターたちもそうだから今に始まったことではないが、この汚れはあまり近寄りがたい。
「……そっすか、あざっす」
「……」
少年の一人が僕の言葉に答え、もう一人は目礼して通り過ぎて行く。二人は、僕よりも若そうなのに、物凄く無茶でもしたのだろう。命がけで狩りをするなんて、本当にハンターたちは老若男女問わず、どうかしていると思う。
それからしばらく、入口の前で戻って来るハンターたちにお帰りの言葉をかけ続けていると、背後から僕を呼ぶ声がした。
「リクティオ様!」
振り返れば、胸の前で手を組んだ黒縁眼鏡をかけた金髪の女性が、顔を赤らめてそこに立っていた。見覚えがあるような気がするが、誰だっけ? 名前が出てこない。
「あの、リクティオ様。戻られたと聞いて、その……」
「ああ、キミには必要なさそうだけれど、言っておくよ。お帰り」
「あぁ……!」
――バシュンッ!
まるで頭に銃でも撃ち込まれたかのような衝撃を受け、彼女が盛大に鼻血を吹き上げた。その場でたたらを踏むように、数歩よろめくと、姿勢をビシッ、と正す。
その勢いに僕の身体が一瞬、ビクッ、となる。いや、どうでもいいんだけど、さっきの一撃、効果音いらなくない?
彼女は垂れ落ちる鼻血を拭くことすらせず、完全に何かに陶酔した目で僕を見つめてくるのだ。
それ、拭かなくていいのかな?
首を傾げる僕。あいにく、ハンカチは持っていない。今持っているのは――えっと、さっきすれ違った少年の紅白の縦縞パンツ?
なんで僕が持っているんだろう?
彼からのお土産かな? ほんのり温かいんだけど。
ま、いいや。それより――。
「どうしたの? 僕に何か用?」
「あ、いえ……。あ、そうじゃなくて……! その、リクティオ様とお話ししたいとは思ってましたけど、今は違って、って、私、何言ってるんでしょう!? リクティオ様に来客があることをお伝えに来たんです!」
「ん? 来客? 僕に?」
誰だろう。僕を訪ねてくるような知り合いなんていないと思うんだけど。いるとしたら、僕の四人の友人くらいだけど、彼らとは今別行動しているし、かれこれ一か月は顔を合わせていない気がする。そもそも彼らは、わざわざ誰かに僕を呼びに行かせるようなことはしない。用があれば、真っ先に僕の前に飛んでくるはずだ。
「はい、その……。あまり雰囲気のよい方々ではないのですが……」
うーん。面倒くさいな。できればスルーしたい。それに、まだ僕の待っているものが届いていないし。
「お客さんって一人だけじゃないの?」
「はい……。その、四名ほどいらっしゃってます。リクティオ様だから大丈夫だとは思いますが、その、気をつけてください。なぜか嫌な予感がして……」
「ふーん。しかたないね。じゃあキミに一つ頼みごとをしてもいいかな?」
「は、はい! リクティオ様のお願いなら、何でも喜んで引き受けます!」
食い気味に近づいて来て、僕の手を取ったその女性は、はっとして我に返ると、慌てて僕の手を放し、一歩下がって頭を下げる。
「もっ、申し訳ありません! 私ったら、なんてことを……」
「いいよいいよ、気にしないで。それより、僕の頼みごとなんだけど、さっき注文したパティスリー・ド・ブンラモンのモンブランプリンがそろそろ届くはずなんだけど、まだ来てないんだよね。限定プリンの抽選購入権は外れたけど、残ってたやつがあったからさ。僕の代わりに受け取って、あとで部屋に届けてくれるかな?」
「しょ、承知いたしました! お任せください! 絶対に成し遂げてみせます!」
いや、そんなに気合い入れてやることじゃないんだけど、まぁいいか。
「それより、お客さんはどこにいるの?」
「四十九階の応接室にお通ししました!」
「了解。それじゃあ行ってくるよ」
「あ、あの! リクティオ様!」
「ん?」
踵を返し、エレベーターホールへと向かおうとした僕を呼び止めたその女性を振り返ると、彼女は再び顔を赤らめて言ってくる。
「その、よかったら、あとでお食事にでも――」
「ごめんね、僕にも選ぶ権利はあるからさ?」
彼女はまるで衝撃を受けたかのような表情をしたあと、慌てて取り繕うかのように笑顔を作って見せた。
「そ、そうですよね! 大変失礼いたしました! お気をつけて行ってらっしゃいませ! ……はぁ」
深々とお辞儀をした彼女のつむじを見て、一瞬不思議に思った僕は、畳んでおいた縦縞のパンツを彼女の顔面を下から覆い隠すように宛がう。
「これでその鼻血、拭いておくといいよ。僕のプリンにキミの血のソースは似合わないからさ?」