暴走? え、マジで? 知らんけど
――ジジ……ッ。
今にも切れそうな蛍光灯が、耳障りな音を撒き散らす。狭苦しい部屋に不快な響き。チカチカと点滅し始めたかと思うと点き、また唐突にチカチカと点滅を繰り返す。
部屋のほとんどのスペースを一つの長机とホワイトボードが占拠しており、そこにスーツ姿の男たちが三人、むさ苦しく顔を突き合わせていた。
一人は白髪混じりの恰幅のいい、壮年の男。出入り口近くの席を陣取り、強面の顔を歪めている。もしも彼より後に部屋に入ったならば奥の席は塞がれ、扉の前に立つしかない。体格においても、風貌においても圧力を感じさせる、そんな男だ。
その隣には、艶のある黒髪をオールバックにし、真四角の銀縁眼鏡を装着した中年の男。壮年の男とは真逆で細身ではあるが、長身で無駄の一切ない正しい姿勢と鋭い視線が見る者の目を引く。
最後の一人は、シャツのボタンを開けてネクタイも緩めた青年。寝癖のようなボサボサ頭と締まりのない表情――スーツを”着る”ではなく、”着崩す”ことにこだわっている、そんな印象を受ける若い男だ。
「ったくさぁ、だから言ったんすよ。旧型のAIなんか導入するの、やめたほうがいいって」
青年は椅子の背にもたれ、後頭部で腕を組んでゆらゆらと前後に揺れながら、気の抜けた口調で吐き捨てる。彼の生意気なその態度に、対面で向かい合う二人は眉をしかめた。
「しかたないだろう。お前の作った管理AIは、管理者としての認識が欠落している。そんなもの使えるはずがない」
「人格面も……誰に似たのか、問題だらけだしな」
壮年の男が冷たく言い放つと、それに中年の男が追従する。皮肉たっぷりの言葉に、青年は苦笑いを浮かべつつも軽く受け流した。
「いやいや、僕のAI、超優秀っすよ? たしかに”自分が管理者だ”って認識はないっすけど、むしろ、その欠陥のおかげで、意図せず管理しちゃうってこと、もう証明されたじゃないっすか」
――バンッ!
壮年の男が両手で机を叩く。室内に響く乾いた音に、青年は一瞬、身を竦ませると、目を細めた。突然大きな音を立てた男に対し、視線だけで抗議しているかのようだ。
「そんな理屈がまかり通るとでも思っているのか!? お前のAIなど信用できん!」
「でも、このまま暴走が表に出れば――クライアントに知られれば終わりっすよ?」
「それを今、どうにかしようとしているんだろうが!」
「損益だけで、少なく見積もって百億……下手したら十二桁もいっちゃうんじゃないっすか? 死んでも返せない額っすよ?」
「……」
青年のひどく落ち着いた口調に、二人が沈黙する。
八方ふさがりの状況に、彼らはすでに”提案を却下する理由すら持てない”ことを悟っていた。青年は椅子を元に戻し、机に肘をつき、顎を載せる。そして、じっと二人を見つめながら――。
「じゃあ、こうするのはどうっすか? 僕の作った新型管理AIに、企鵝型の監視AIをつけるっす。リクトには管理権限だけを持たせて、実行権限はペンデヴァーに持たせるんすよ。そうすれば、リクトの”管理認識の欠如”も問題にはならないっす」
「だが、それも信用ならない」
「その企鵝型AIとやらにも、欠陥があるんだろう?」
何かにつけて、青年の提案を却下することに必死な二人。拒否する決定打も、代替案も出せない――そんな焦りが、言葉の端々に滲んでいた。
「なら、いいっすよ。僕、今日限りでこの会社やめるっす。転職先は――クライアント企業とか?」
再び椅子を傾けて後ろにもたれた青年は、天井を見上げ、わざとらしく嘆息する。二人の決断にリミットをかけ、逃げられなくする寸法だ。口をあんぐりと開け、絶句した二人の男が状況を理解して言葉を返すよりも早く、彼はニヤリ、と笑って見せる。
「自滅してでもやるか、あーでもないこーでもないって言っているうちに自滅するか、選ぶだけっすよ?」
「……おい! どっちにしても自滅じゃないか!?」
「や、冗談っす。やって自滅するなんて、馬鹿のやることっすよ?」
「お前……!」
壮年の男が顔を真っ赤にし、怒りで拳を握り震わせる。
「社長、やりましょう。私たちはもう、”やるしかない”んです」
腕組みをして、途中から黙り込んでいた中年の男が、壮年の男――社長に対して唐突に言う。これまでは社長側につき、一緒に青年の提案を却下し続けていたが、急な判断変更に社長は言葉を飲み込んだ。二対一だった攻防が一対二となり、急に旗色が悪くなる。社長のそんな様子も気にすることなく、中年の男はどこかひらめきを得たかのような表情をして、その場に立ち上がった。
「こいつの案を、そのまま信用する気はありません。でも、私が手を加えれば――充分に運用可能なレベルにもっていけます」
「えー、僕のAIを弄るんすかぁ……?」
不服そうに青年が口を尖らせる。それを中年の男は上から見下ろし、キッと目線だけで制して先を続けた。
「管理者としての認識がないなら、別の目的を与えてやればいい。監視AIにその達成を阻止させることで、”意図せず管理する”仕組みを作るんです」
最初は青年を見て、そしてその視線を社長に移しながら、説明する。その口調には、どこか説得力があった。
「あ、なるほどっす!」
青年の目が輝く。中年の男の意図を即座に理解する、頭の回転の速さは開発者として彼が有能であることの証明だ。
「たとえば――”主夫になって、ぐうたらサボりたい”っていう目的をリクトに与える。それを達成させないために、ペンデヴァーが監視して、強制的に働かせればいいんすね!」
「そうだ。その手で”欠陥”は補える!」
「よし、それなら! “子づくりして主夫になって、ひたすらサボりたい”って目的を入れとくっす! その欲望以外、全部ペンデヴァーにぶん投げて達成させるっすよ!」
「ペンデヴァーのほうの欠陥は?」
「完璧主義っすね。あと、絶望するとリソース不足でフリーズしちゃうっす。可愛いでしょ?」
「……まぁ、いい。よし、急げ! 変更にどれだけかかる!?」
「二時間……いや、三時間で終わらせるっす!」
まるで意気投合した同士のように、拳をぶつけ合う二人。青年が張り切った表情で立ち上がり、会議室を出て行く。中年の男は社長と扉を見つめ、無言で意図を伝えるも――すぐに諦め、一つだけ嘆息したあと、机を飛び越えて青年のあとを追った。
「いや、なんなんだ? これは……」
そして静かになった会議室でぽつりと。
「俺、社長だよな……?」
だがその疑問に答えてくれる者はこの場にはいなかった。
✼••┈┈あとがき的なやつ。知らんけど┈┈••✼••
リクト「働かないのにサボるなんて、そんなのサボラーの風上にもおけないよね」
ペンデヴァー「グァ…?(何言ってんだこいつ…?)」
リクト「働いてるからサボれるのであって、働いてる時間ぜんぶサボることこそ至高じゃん?」
ペンデヴァー「グァァ…(意味わかんね)」
リクト「というわけで、ここまで読んでくれてありがとう!
僕と一緒にサボりたくなったら、ブクマして感想書いてくれたら迎えに行くよ」
ペンデヴァー「グァァ!?(ダメだ、これ以上サボラーが増えたら手に負えない!?)」
リクト「あ、僕と子作りしないかい?」
ペンデヴァー「グァァァァァッ!!(ダメッ!それ絶対!)」
リクト「応援してくれたら、作者がきっと働くから。僕はサボるけど」
けもくま(作者)「キミがサボるために作者が馬車馬のように働いて筆を走らせてるんだよぉぉぉぉ!!」
ペンデヴァー「グァ…!(絶望した!)」