第一章4 『魔法の風』
それは鈴が鳴ったような声だった。
茂みのすぐそばには先ほどの魔物と入れ替わるように一人の少女が立っていた。
美しい少女と書いて美少女、その言葉は彼女のためのものといっても過言ではないほどだった。
きらりとなびかせる白金の髪に見る者を魅了するようなヒスイの瞳、普段は優しさが見えるであろうそれは、今ものすごい気迫を持った顔をしている。その差分すらも少女を表す美しさの一つだという魅力があった。
身長は百六十ほど、特別小柄でもなく、大きくもないという黄金比。茶色のコートはその少女の体躯を覆い隠し、しかしところどころに散りばめられた紋章のせいで隠せていない気品が漂っていた。
少女の放った魔法と思わしき強烈な風はユウキの横を通り抜け、魔物の胴体へと打ち込まれた。
「よかった、ーー何とか間に合ったみたいで」
そう少女の口から再び漏れた声に全身が感極まった。
ユウキはすでに魔物など見ていなかった。その視線は目の前の少女ーーこの世界で初めて会った”人”へと向けられていた。
ーー人だ!!!!
今のユウキの状態は先ほどまでの恐怖よりも人に会えた喜びが上回っていた。それも当然だ、あれだけ渇望した。あれだけ願った。いったい自分が何をしたというのかと自問もした。
それゆえの救い。心が救われるとはこういうものなのかと全身を持って体験したユウキ。
だが、先ほどの牽制のような魔法では、魔物は死なない。
「少し我慢してね!!」
そうユウキに声をかけたのもつかの間、ユウキは空へと打ち上げられていた。
「うううわああああああ!!!」
驚きながらも眼下を見下ろすと、そこには先ほどユウキがいた場所に向かって爪を振りかざした魔物がいた。あれを食らっていれば確実に体は真っ二つであった事がうかがえる。
ユウキはゆっくりと着地し、今のは少女が魔法を使って助けてくれたのだとそう理解した。
「助かります!!ぼくマジ死ぬかと思いました!!」
「お礼はいらないよ!」
そんなちょっとした会話でもユウキの心は歓喜に満ち溢れていた。なにせあんな状況からのどんでん返し、これは確実に運命だと思った。
少女はユウキの前方に向かって走り腕を魔物へと向けた。
「これで終わり、ドス・ヴャトル!!」
そう唱えた瞬間、少女の周りにとてつもない風が押し寄せた。そのまま風は巨大な刃となり、咄嗟に避けようとした魔物の行動をものともせず、その体を切り裂いた。
助かった。そう思ったユウキだったがすぐ目の前の魔物の惨劇に目にし、手を口にして思わずむせた。
「ちょっと乱暴に助けちゃったけど間に合ってよかったよ、だいじょうぶ?」
何とか乱れた呼吸を正し、お礼を言おうと顔を上げたユウキに少女は声をかけてきた。
「はい、大丈夫です!本当に助かりました!一時はどうなることかと…」
そう口に出すユウキに少女は驚いた様子で言ってきた。
「本当に大丈夫?そんなにーー泣いちゃって」
「えっ?」
その言葉で自分が今、涙を流していることに気づいた。これまでに二回も魔物に殺され、今回もだめだと思った。それなのに生きている。そんな生きていることへの安堵から涙が流れていたのだ。
「あまりの不安で気づいてなかったんだね…もう大丈夫だよ、だから安心して」
その言葉を皮切りにユウキは声をあげて泣いた。少女にもう大丈夫と胸に抱かれ、今までの恐怖からやっと解放されたのだと、自分は助かったのだと、そう安堵したのだった。
◇
「恥ずかしい……」
ユウキは先ほどまでの自分の醜態を思い出し、あまりの恥ずかしさに身を縮こませていた。泣いた、それはもう全力で泣いた。それも少女の胸を借りて泣いたなどいくら恐怖から解放され、自分で精いっぱいだったとしても男児にあるまじき失態だ。
「そんなに恥ずかしがることじゃないよ!助かったんだし、ハッピーにいこ!!」
ユウキを辱めた元凶は誠に遺憾とばかりにそう言った。さすがにユウキも冗談はここら辺にしようと立ち上がり、少女に向かって頭を下げた。
「改めて、たすけてくれてありがとうございます!その、泣かしてくれたことも…」
そう恥ずかしそうにユウキは言った。
「はい、どういたしまして!じゃあさ助けたお礼じゃないけど、ため口でお願い!ため口で話してくれたほうがうれしいな!」
少女の予想外の言葉にユウキは思わず声をあげて笑った。
「むぅ、そんな笑うことじゃないじゃん」
「ごめんごめん、あまりにも意外だったからつい」
「もうー」
ユウキは頬を膨れさせる少女を見てかわいいと、そう純粋に思った。
「じゃあ改めて、たすけてくれてありがとう!僕はユウキって言うんだ、君は?」
ユウキは少女の希望通りにため口に改め自己紹介をした。少女はほんの少しの逡巡の後、答えた。
「あたしの名前はタトア、よろしくねユウキ!!」
ユウキは少女ーータトアのその笑顔を見て思った。
ーーああ、笑った顔もすごくかわいい
◇
「ところでユウキはこんなところで何してたの?」
お互いの自己紹介は終わり、話は移り行く。ユウキはさっそく自分に起こったことを話そうと口を開いた。
しかしユウキの口から言葉は出ず、代わりにユウキの耳にはノイズが走った。
『ロードについての開示は許可されていません。発言をキャンセルします。』
「ーーっつ!」
ーーなんで…
またあの機械音声のような声が聞こえ意味のわかないこと言った。いや、意味は分かった。その口ぶりからどうやら自分が何回も同じ状況をループしてることについての口に出すことはできないようだ。
ユウキはなんてことだと、あの機械音声に怒りを抱く。
急に黙ったユウキにわずかに眉を寄せ、怪訝な顔をしたタトアが再度声をかけた。
「ユウキ?」
その声にハッとしたユウキは何事かとすこし口ごもりながらも答えた。
「近くの町に行きたかったんだけど、魔物から逃げてたら道に迷っちゃって…」
どうやらこれくらいなら問題なくしゃべれるらしい。そのことにユウキはほっとした、これで何もしゃべれなかったらやばかった。
「そうだったんだ、大変だったね…でももう大丈夫!あたしが近くの町まで送ってあげる!!」
まさにそれは希望の一声だった。ユウキは安全に町に行けそうだとそう喜んだ。それはそうとユウキはタトアこそこんな森で何をしてるのか気になった。
「そういえば、タトアはこの森で何してたの?」
そういうとタトアはハッとした顔で叫んだ。
「そうだった!!ユウキ、ここらへんで布のカバンとか見なかった?すごく大事なものなんだ!」
「あっ」
すごく身に覚えのある探し物にユウキ思わず声を漏らした。額にはわずかに冷や汗をかき、少し目をそらした。
「知ってるの!!どこ!?」
「えっと、その、、ーーあそこに」
そうユウキは指さした。そこには昨日ユウキが敷布団替わり使って泥だらけになった衣服とカバン、短剣が置かれていた。
それを見たタトアは喜んだのもつかの間、わなわなと体が震え始めた。
「なんでこんなぼろぼろになってるのおおおお!!!」
ユウキは申し訳なさそうにタトアの叫びを聞き届けた。