第一章3 『明けた夜』
頬に覚えのある生暖かい風を感じ、意識が覚醒する。その瞬間、先ほどのことがフラッシュバックし、また身を引き裂かれたような感覚が襲う。
「っつうあ……」
もはや絶叫すらも出す気力の残されていなユウキは小さく声を漏らすのみだった。
こんな意味の分からない状況に脳が追いつくわけもなく、だがもうあんな風に死にたくないと、そう思う一心でユウキは走り出した。
ちゃんと考えたわけではない。ただただもう道を走るのはだめだと思った。だからこうしてユウキは街道を無視して草原を突っ切ろうとしていた。
「はあ、はあ、逃げないと…はやく、ここから!!」
ーーもうあんな思いは……
どれだけ走っただろう。すでに真上にあった太陽も傾き始めていた。
汗を大量に流し、自分の活動限界をとっくに迎えているであろうユウキはそれでも必死に逃げるように走る。
そうしているうちに景色も変わり、ユウキは草原を抜け、森へと入ろうとしていた。
◇
さすがに時間もたってほんの少しだけ落ち着いたユウキは自分が森に入ったことに気が付いた。
「ここは森…?さっきまでは草原にいたからどうしようもなかったけど、これなら多少は身を隠せそうかな。ーーでもこれからどうすれば……、とりあえず目下の目標は安全に夜を過ごせる場所を確保することかな」
目標を立てたユウキはさっそく行動を開始した。とりあえず走るのをやめて、呼吸を落ち着かせた。
「こっからはなるべく音を立てずに移動するのがよさげだね。」
ユウキは周りを探索しながら歩き始めた。さすがに何時間もご飯を食べていたのでおなかがすき始めたのだ。
「ここらへんで食べれそうなのは、、、これくらいかな?」
そう言いながらそこからもぎ取ったものはーー
「ーーこれって絶対にリンゴだよね、、、」
そこには瑞々しく食べごろと思われる真っ赤な果実が握られていた。
ユウキは一息に果実に噛り付いた。家事いつは何の抵抗もなく口の中ではじけ、ほんのり甘い風味が広がる。
「うん、まちがいない。これはリンゴだ!!よかったこれで当分の食料は大丈夫そうだ。ここら辺にはめっちゃリンゴがあるっぽいからね!!」
そう思いユウキは一安心する。何気にこんな状況になってから初めて心に余裕が出たようだ。そこでユウキは思った。
ーーあれ?でもリンゴって木に生えるんじゃなかったっけ、普通に茂みに生えてたんだよなー
少し疑問を持ったユウキだったが、腹が満たされたこともあり深く考えることはなかった。
「さすがにこのままってわけにいもいかないよね、、、何か武器になるようなものを探さないと…」
ユウキは今までのことからここが安全な場所だとは微塵も思っていない。対策は必須でまずは無手からの卒業ーーつまり武器の入手が最優先事項なのである。
そう思いながら歩くこと数十分、少しだけ開けた場所へとたどり着いた。
火を起こした跡があり、おそらく誰かが野営した跡とみるべきだろう。
「火を起こした跡、、、ってことは……!!」
それは近くに人がいた痕跡であり、とても大きなユウキの希望となった。
「このままいけば助かるかもしれない!」
そう考えたユウキは今すぐにでも人と会いたいと思っていた。だがふと空を見上げるとすでに日が沈もうとしていた。
「もう日が落ちるのか、さすがに何があるかもわからないここで夜で歩くわけにはいかないよね。仕方ないけどここで休むしかない。」
そうと決まれば後は早かった、さすがに地べたに寝るわけにもいかなかったので周囲に何かないか探すことにした。
あたりを散策して数分ほど、野営地から出てちょっと行ったところにそれはあった、ユウキは少し前までここで野営していたであろう人が置いて行った荷物を見つけることができた。
中身を確認しながらユウキはつぶやいた。
「何枚か服が入ってるけど、これって女性用だよね?まさか女性が一人で野営だなんてそんなこともあるんだなーこの世界。」
「とりあえずこれをひけば布団替わりにはなりそう、あとは少し残った水とこれは赤い石?みたいなものと」
あるていど中身を確認したユウキは最後のポケットの確認を行った。入ってるものを見てユウキは叫んだ。
「これはっーー短剣だ!!念願の武器!!」
ユウキの手には武骨な、これといった飾りもない短剣が出てきた。しかし手にはしっかりとした重みが伝わり、これが"武器"だとそう感じ、うれしいもののこれをまともに使えるか少し不安になった。
しかしこれでユウキは今日立てた目標を無事達成した。
「さて、今日はしっかり体を休めて明日から人探し頑張るぞ!」
そう決意したユウキは早々に寝転がった。目をつぶると今日のうちに二回も起こった恐怖がフラッシュバックする。
「っつ!」
嫌なことを思い出し、眠れそうにないとユウキは思ったが、体はとっくに限界を迎えていたようで、意識は沼に浸かっていくかのように落ちていった。
◇
朝の日差しを浴び、その眩しさでユウキは泥のように眠っていた意識を覚醒させた。
「ん、もう朝なのか。」
ーー正直もう少し寝ていたい
そう思いながらもそういうわけにはいかないと体を起こす。
昨日の荷物に入っていた水を飲み、一息ついたところでさっそく行動を開始することにした。
「さて、荷物も持ったしそろそろ出発しますか!」
ユウキはここからそう遠くにい行ってないであろう人影を追って歩き出した。
今朝は涼しく今のところは快適に歩を進めることができている。これなら今日でかなりの距離を進めそうだと思った。
そんな風に歩き出して一時間ほどが経過したころだった。ユウキは周りが異様に静かになったことに気がついた。
いつものユウキなら気のせいだと思いながら歩みを止めることはなかっただろう。だがユウキにとってこの状況は初めてではなかった。
そう彼は経験しているのだ、そして警戒を怠った結果、ユウキはーー
「っつーー!!まさかとはおもったけどここにもいるのかあいつは!!!」
多少一晩で正気を保てているといっても、あの痛みを忘れたことはない。それだけは、絶対に。
ユウキがあたりを警戒し、短剣を不器用な柄にも構えた。その姿は素人丸出しもいいところだが、やらないよりかは何倍もいい。
そうしている間に茂みの向こうから”奴”はやってきた。
「っつーー!!!!」
その姿が見えた瞬間ユウキはすべてを投げ出し、命をあきらめてしまいそうになった。
ーーいいやだめだ、こんなところで死ねない!!
折れそうになった心をユウキは無理やり奮い立たせ、咆哮とともにとびかかってきた魔物に短剣を振りかぶった。
魔物の牙はすんでのところで短剣に阻まれ、ユウキの体に食いつくことはなかった。その場でのけぞった魔物はしっぽでユウキの体を横から弾き飛ばした。
「っつーー!!」
とっさに受け身を取り、ユウキはすぐに起き上がった。
「僕はもうお前なんかに食われてたまるもんか!!あの時僕がどんなにい苦しいかったか、お前に思い知らせてやる!!」
ユウキは短剣を構え魔物に向かって走り出した。鋭い眼光を放ちながら反撃に出る魔物、とびかかってきたユウキの腕にかみついた。
「っつーー!!!くっそがああああ!!!」
ユウキは噛みつかれたもなお差し違えるかのように短剣を魔物の体に向かって突き刺した。
「---っつ」
痛みに苦しむ魔物の声を聴き、ここで初めてダメージが入ったと実感する。ユウキはそのまま投げ飛ばされ地に転がった。
魔物は明らかに重傷を受けており、苦しそうなうめき声をあげる。それを見たユウキは勝てる!とそう思った。
とどめを刺そうとユウキが起き上がり趣味を進めようとした時だった。
ユウキは現実はひどく冷たいものだと突き付けられた。
「なんで!!!!」
ユウキは目を疑った、それはそうだそれはあり得ない光景だった。ユウキの目にそれは映ったーー
「なんで傷が治っていってるんだよ!!!!!!!」
ーーそう魔物には周囲の魔力を使って再生する能力があるのだ、それを知らなったユウキは絶望で体が動かない。
そもそも差し違えた時点でほとんど動ける状態ではなく、魔物に最後の一振りを入れるほどの体力しか残されていなかったのだ。
自分に向かってくる魔物を見てユウキは自分の死を悟る。
ーーああ、またあそこに戻るのか、、、
ーーいやもう戻ったりもしないかもしれない
そう心の中でつぶやきユウキは目を閉じる。
「ウノ・ヴャトル!」
最後の瞬間を待っていたその時、横から鈴のなったような声が聞こえた。