第一章1 『歩く』
そこは何もない平原。何もないはずのそこに一つの人影があった。
ごくごく普通のそこら辺にいるであろう黒髪黒目の日本人。
その瞳からはいかにもな空気を漂わせ、弱気ともいえるような印象を受ける。
おそらく高校生くらいであろう彼は困惑していた。
そんなことなど知ったことかと、大地を照らし続ける太陽。
空を眩しいそうに睨みながら彼、井藤 祐樹は言った。
「これって異世界転移ってやつ?」
誰もいない平原ではそれに答えるものはいなかった。
◇
「とりあえずこの道をまっすぐ歩いてみようかな」
ユウキが立っていたのは一つな大きな街道で視界の先いっぱいまで一本道であった。
ここからは町らしきものが見えず、かなり歩くことが予想される。それを察してかユウキはつぶやいた。
「しかしまいったなー、いきなりこんな平原に放り出されるとは思わなかったや。ふつうは神様とかが出てきてチートとかくれたりするんじゃないの?」
そうは言うもののやはり期待は大きい。超能力を使って強大な敵を倒す、そんなことを男なら一度は思い描いたことがあるだろう。
それに、とユウキは急ぎここが本当に異世界なのかを確かめるべきだとも考えていた。
もし異世界だと仮定した場合、やはり能力の確認は必須だろう。そう建前を作ったユウキは緊張しながらも期待のこもった声色で叫んだ。
「ステータス!!」
腕を前に出し意気揚々と唱えるがおそらくみんなの知っているであろうステータスのようなものは現れない。
そこには中二病と間違えられてもおかしくないものの醜態があった。
「ステータスが出ないタイプの異世界かー…」
ユウキはここが異世界でない可能性などすでに頭から抜け落ちているので、ステータスが出ない=異世界ではないという方程式は無くなったようだった。
絶対に自分には隠された伝説の力があるはずと息巻くユウキ。
そのあとも呪文を唱えたりなどいろいろ試すもその結果がみられることはなかった。
「これだけ試しても何も出ないってことは僕ってマジで何の能力も持たされたい感じ?さすがにきつい!!!」
そう悪態をつきながら過ごすこと1時間、すでに結構な距離を歩いたように思える。
その間もユウキはこの状況についていろいろ考えていた。こんな誘拐まがいなことを一体だれが行ったのか、本当にここは異世界なのか、考えれば考えるほど疑念が出続け、きりがなかった。
「これ以上考えても答えは出ないし、どうしよう…」
ユウキは歩いても歩いても見えてこない町に向かい、どれだけ離れているんだと軽く絶望していた。
いくら健康に育った優良児とはいえ目的地がはっきりしてないところに向かうのはきついと思った。
さっきまでの道は見渡す限りが平原で木の一本も生えていなかったが、ここら辺にきてぽつぽつと草木も増えてきたように思える。
そこからはわずかにだが虫の声や鳥のさえずりが聞こえてくるほどだ。
そんな自然豊かな光景をユウキはのんきに眺めていた。
これほどの緑の空間はユウキの住んでいた都内ではなかなか見られないものだった。
時間はおそらく昼に差し掛かったころだろうか、若干の空腹を感じながら額の汗をぬぐった。
鳥や虫たちの声は静まり、ついには何も聞こえなくなった。
「やけに静かになったね?」
そう零し、ユウキは歩く。
若干の疑念を感じながらもユウキが足を止めることはない。ただの勘違いだと、それよりも早く町に行かないとという気持ちが先行してしまう。
それから数分がたったころだった。
ユウキはこれはまずいと思った、その視線の先にはーー
ーー一匹の獣が立っていた。