噂の《勇者を生み出した魔道具店》が潰れそうなんだってよ。そしたら勇者がやって来て……
◆1
王都の街外れにある裏街道ーー。
その端にひっそりと建つ、寂れた小さな魔道具店があった。
店の前には《閉店》と記された看板が立てかけてあった。
その看板を前に、仁王立ちする男がいた。
腕組みをしたその若者は、長身で、屈強な身体付きをしている。
蒼いマントを翻し、紅い宝玉を嵌め込んだバンダナを頭に巻いている。
最近、魔王討伐を果たした英雄、勇者アルス、その人であった。
(閉店とはーー悲しいことだ。
俺の活躍は、ここから始まったというのに……)
扉が少し空いていた。
アルスが身を屈めて入ったら、薄暗い狭い部屋に、夥しい数の魔道具がそこかしこに置いてあった。
(まだたくさん、魔道具があるじゃないか。
中には凄い効果を秘めた道具もあるだろうに、もったいない。
これほどの品揃えなのに、なぜ閉店するのだろう……)
アルスは腕組みをしたまま、首をかしげる。
「どちら様?」
いきなり声がして、アルスはびっくりした。
奥の方から、腰の曲がった、皺だらけの老婆が顔を出してきた。
にこやかな顔をしており、いかにも人が良さそうな雰囲気だ。
けれども、長年商売をやってきた者らしく、目がギラギラと光っている。
この店を知ってる者は、その該博な魔道具の知識と年齢不詳の風貌ゆえに〈魔女ばあさん〉と呼んでいた。
勇者アルスはマントをバサっと払いつつ、胸を張って答える。
「お久しぶりです。魔女ばあさん。俺です。アルスです」
勇者の証、バンダナの巨大ルビーを真紅に輝かせる。
おばあさんは両目を大きく見開いた。
「おお、これはこれは。久しいのう。
近所の〈悪童ランス〉の坊やだろ?
もちろん、知っているさ」
ばあさんに勧められ、アルスは小さな丸椅子に腰掛ける。
ばあさんは明け透けに語り出した。
「アンタは小さい頃から、ほんと手癖が悪くて、ちょいちょい安めのポーションなんかをウチからくすねたものだった。
アンタのお母さんが仕方なく、何度もお代を立て替えてくれたもんだよ。
そんな悪ガキが、今では魔王を倒した英雄、〈勇者アルス様〉っていうんだからね、びっくりだよ」
アルスはバツが悪そうに頭を掻いた。
「その節は、迷惑を掛けた。
若気の至りーーで許していただけるとありがたいんだが……」
店主のばあさんは立ったままでアルスに語る。
ちょうど視線の高さが同じになっており、座ったアルスとばあさんが、対面で向かい合う格好になっていた。
ばあさんは皺だらけの口を窄める。
「アンタの噂は聞いとるよ。
第三王女のランシア様との婚姻が決まったそうじゃないかえ?
これで、アンタも王族だ。
公爵位は固いじゃろう。
ほんに街の悪ガキから、えらく出世したもんだ」
アルスは気恥ずかしげに微笑みながら、背筋を伸ばした。
「ところで、ばあさん。外の看板を見たぜ。
なんで閉店するんだ?
見たところ、魔道具もまだ品揃えがたっぷりありそうじゃないか。
ひょっとして、寄る年波ってやつで、身体が利かなくなったとか?」
ばあさんは派手に大口を開ける。
「馬鹿言いなさんな。
アンタがウチを贔屓にしてたって吹聴したら、宣伝効果覿面でな。
ウチは《勇者を生み出した魔道具店》って噂になって、客に不自由しなくなったんだ。
ーーそれぐらい、良いだろ?
実際、アンタはナイフや革鎧なんかを買ってくれたんだから。
おかげで、商売繁盛、売れ行きは良くなったもんだよ。
ーーでも、無相応な名声ってのも、困ったもんでねえ。
すぐに儲からなくなった。
幾ら道具を売っても、盗賊に盗られちまう」
アルスは目を丸くした。
「ここらの治安が悪いのは昔からだろ? どうしてーー」
ばあさんは深く溜息をつく。
「そりゃ、アンタがガキの頃のような、ちょいとした盗み程度だったら、手荒なことはせず、この婆が殴って叱っておしまいだがね。
貴重で高価な魔道具が持ってかれそうになった場合には、自動的に捕まえられたのさ。昔はね。
この店番台の後ろに大きな魔道具が置かれてたの、アンタ、知ってたかい?」
「………」
「悪意を持ったヤツに反応する、固定魔法発生装置さ」
昔は盗賊が店に来ても問題なかった。
広範囲に効果を発揮できる固定魔法の巨大魔道具があったからだ。
大きな図体には幾つもの魔石を嵌め込む穴があいていた。
この穴に、たっぷり魔力を注ぎ込んだ魔石を嵌め込めば、それらを動力源にして、人間の悪意を察知すると同時に、自動的にその人物に固定魔法を仕掛けることができた。
しかも、固定魔法の効果範囲は広く店全体に及び、十二時間は魔法効果を維持できる優れものであった。
おかげで、盗賊が何人店に押し込もうが、そのことごとくの動きを止め、悠々(ゆうゆう)と拘束することができた。
だが、その護衛装置たる固定魔法発生装置の核となる結晶石が盗まれたーー。
ばあさんは大きく舌打ちをする。
「迂闊だったよ。
あんな代物、誰にも使いこなせないから盗まれやしないと、たかを括ってたのさ。
なにせ、起動させるのに莫大な魔力を費やすからねえ。
個人の肉体が持つ魔力程度では、ろくに使えやしないと思ったのさ。
豊かに魔力を持つ者であっても、固定魔法を発揮しても、ものの数秒ーー長くて一分も固定させられないだろうね。
しかも、こんなデカい図体だ。
そんな大型魔道具を持っていくと、誰が思うものか。
でも、この魔道具の肝心な部分だけを取り外して持ち出したヤツがいたのさ。
コイツはこの婆でも、盗まれてから知ったことなんだけどねーーこの魔道具、形は大きいが、大半は、人間の悪意を感知したり、魔石から魔力を吸い出す機能に使われてたんだ。
固定魔法を効かす部分は、ほんの小さな核となる結晶石だ。
その部分だけ、持っていかれたのさ。
核となる結晶石だけ携帯してりゃ、固定魔法は使えるんだよ。
ごくごく短い時間だけの効力だけどね。
そのことに気づいたヤツがいたんだ。
ソイツに持ってかれちまった。
おかげで、店の無償の番人がいなくなったっていうわけさ」
以来、ばあさんは盗賊を捕らえることもできないし、万引きもされ放題になってしまった。
おまけに、若い冒険者どもの間で、店から物を盗み出すのが流行ってしまったーー。
「わたしゃあ、こんな年寄りだし、人を雇う金もない。
後継者もいない。
だから、店を閉めるしかないのさ」
椅子に座ったまま、黙って聞いていたアルスはやおら立ち上がった。
そして、滂沱の如く涙を流した。
「すまない。こんなことになってるとは、知らなかったんだ」
店のばあさん相手に、勇者は片膝立ちとなって深々と頭を垂れる。
「俺はコイツを戻しに来たんだ」
アルスは掲げるようにして、緑色に光る小さな石をばあさんに差し出す。
失われた、固定魔法発生装置の核ーー結晶石であった。
◆2
アルスが若く、駆け出しだった頃、彼は固定魔法の魔道具の核である結晶石を盗んだ。
当時、アルスは一介の平民であったが、すでに常人に比して膨大な魔力を誇っていた。
だから、固定魔法発生装置を外から干渉して起動させることができた。
その結果、核になる部分が案外小さいことに感づいて、これから冒険者になろうというときの〈肝試し〉として、馴染みの店で盗みを働いた。
冒険者登録を済ましたばかり、十五歳のときである。
一応、アルスの名誉のためにフォローすると、彼の住んでいた王都の貧民街では、盗み、引ったくりは珍しいことではなかった。
闇ギルドが幅を利かせた世界で、先輩に誘われて子供が軽犯罪に手を染めるのは日常茶飯事だ。食っていくために親が子供に盗みを働かせる家庭も多かった。
反面、裏街道各店舗の自衛意識は強く、店主の権限で、万引きや盗みを働いた者は女子供であろうと容赦せず、鞭打ったり、人買いに売り渡したりすることが半ば公認されていた。
だからこそ、馴染みの店舗で〈肝試し〉〈験担ぎ〉と称して、万引きや盗みを働くことは、貧民街の子供にとって、大人に成長するための、一種の通過儀礼になっていた。
結晶石を盗んで、固定魔法を発揮できるようになって以来、冒険者アルスは大活躍した。
たしかに魔力を溜め込んだ魔石からの動力源補填がなかったため、核の結晶石だけでは、固定魔法を広範囲で長時間、効力を発揮することはできなかった。
だがしかし、アルス本人が体内に持つ魔力だけでも、核を起動させて、三十秒は相手の動きを固定することができた。
実際、戦闘の最中においては、そうした僅かの間、相手を動けなくするだけで、十分に勝てた。
どれほど自分より強い剣士や魔物でも、相手を三十秒、動けなくしてる間に剣を揮えば、それだけで相手を殺すことができる。
文字通り無双状態となったアルスは、冒険者としてこまめに依頼をこなしつつ、魔族や闇ギルド構成員を駆除することで、大商人や大貴族から多額の報酬を受け取り続けた。
そうして手にした豊かな資金を背景に仲間を集め、アルスは最強の冒険者パーティーを組み、ついには魔王を倒すに至った。
魔王を討伐したことで、アルスは救国の勇者となったのだ。
ちなみに、アルスは慎重だったので、固定魔法を起動する結晶石に、限度いっぱいまで魔力を込めることはなかった。
おかげで、ほんの数秒、相手の動きを止めるだけのために固定魔法を使った。
そうした慎重さによって、勇者アルスがなぜ強いかは、誰にも気づかれることなく、そのまま魔王を討ち果たすことができたのであった。
アルスは自分が固定魔法の結晶石を使っていると公言した事はなかった。
だが、ほんの駆け出しの頃、冒険者になりたての頃には、〈肝試し〉〈験担ぎ〉として、店から魔道具を盗んだことを、自慢話的に何度か酒席で口を滑らせたことがあった。
おかげで地元の貧民街では、平民冒険者アルスは、裏街道の寂れた店から魔道具を万引きして験担ぎをし、それから運がついて、トントン拍子に出世した挙句、勇者にまでなりおおせた、という伝説が語られるようになる。
その噂もあって、新人冒険者たちがこの店に次々と訪れ、魔道具を万引きするようになったーー。
そうした都市伝説が生まれたことは、アルスはまるで知らなかった。
だが、固定魔法の魔道具の結晶石をいつまでも使っていること、そして、その結晶石によって勇者にまでなったことに、ちょっとした罪悪感を感じていた。
大勢の人々を、犯罪者や魔族の脅威から守り、奮戦し続けたアルスは、勇者と称される頃には、貧民街で培った習慣から脱却し、すっかり心を入れ替え、人々の心を慮る善人に成長していた。
だから、改めて魔道具店のおばあさんに謝罪し、罪滅ぼしも兼ねて、固定魔法の魔道具を多額の資金で買い取ろうと思い、裏街道の寂れた店にまで、足を運んできたのだった。
アルスは頭を垂れた状態から身を起こし、真顔で訴えた。
「魔女のばあさん、魔道具の結晶石を勝手に持ち出して、ほんとうに悪かった。
謝罪ついでに、言い値で固定魔法の魔道具を買い取るつもりで来たんだ。
とりあえず、手付けの前金として、金貨二百枚でどうかな。
ばあさんが許してくれるなら、もう一千枚、金貨を積もう。
小さなお城だって変えるほどの大金だ。
もちろん、この店の再興だって、わけはない。
表の目抜通りに、店を移転することだって出来るぞ」
「そうだね。ありがとう、正直に話してくれて。
嬉しいことだ。
なにせ、わたしの魔道具が、魔王退治に貢献したんだ。
経緯はどうあれ、魔道具店の店主冥利に尽きるさ」
ばあさんはいつものようにニコニコ笑っていた。
「そうそう。
アンタも結晶石ーー核だけで、固定魔法を起動させるのは、さぞお疲れだったろう。
ましてや、自分の魔力だけで発動させるなんて、とんだ骨折りだよ。
だからさ、もっと金を積んで、この固定魔法発生装置を丸ごと買い取るつもりはないかえ?
大きな図体ごとさ。
こいつに魔力を溜め込んだ魔石を嵌めると、広範囲、長時間に渡って、相手を動けなくすることができる。
あんたが王女様と結婚した後にも有用だよ。
新調された邸宅にコイツを装備したら、警備員要らずになる。
どうだい?」
アルスは安堵の表情を浮かべた。
「魔女のばあさんも、相変わらず商売上手だな。
で、あと幾ら欲しいんだ?」
「そうさねぇ。金貨二千枚っていうのは、どうだい?」
「ハハハ。随分と吹っかけるなあ。
でも、良いだろう。
さすがに今、持ち合わせはないけど、いずれ王女との結婚後に払ってあげよう。
そのときは、誓って俺が魔道具を丸ごと購入しよう」
勇者から色良い返事を貰えて、ばあさんは膝を一打ちした。
「よし、商談成立だ。
じゃあ、ちょっと、その固定魔法の核ーー結晶石を返してくれんか。
あのデカい本体に嵌め込みたいんでね。
いったん、元あった状態に戻したいんだよ」
「了解した」
アルスはばあさんに固定魔法の核ーー結晶石を手渡す。
おばあさんはそれを店番台の裏にある大きな本体につなげるやいなや、いきなり魔道具を起動させた。
ヴン、ヴン、ヴンーー。
奇妙な音とともに、アルスは強い魔力波動を感じた。
反射的に剣の柄に手を遣る。
だが、遅かった。
固定魔法が広域展開し、アルスは動けなくなった。
魔道具店のばあさんはゆったりと近寄り、ニタリと笑った。
「ひひひひ。
こうなったら、悪ガキも身動きが取れないようだね。
効果は抜群だよ。
核だけとは違って、本来丸ごとで起動させてるんだ。
何時間でも拘束できる。
ひひひ。
わたしゃね、ウチの魔道具に手を出したヤツは誰ひとり容赦しない」
ばあさんは店番台の引き出しから、真っ黒な鉄の輪っかを取り出す。
「こいつは知ってるかい?
今はご禁制になった首輪だよ。隷属のね」
固定魔法がかけられて動けない状態のまま、アルスは隷属の首輪を嵌められる。
その瞬間、アルスの両目がトロンとして、焦点を失う。
ばあさんは深い皺を刻んだ笑みを浮かべた。
「これで、アンタは私の言いなりさ。
いいかい。主人のわたしが言うんだ。
わたしの許可なく、勝手に動くんじゃないよ」
そう言ってから、ばあさんは固定魔法の発動を停止させる。
再び、ヴン、ヴンーーと音がしたが、すぐに止んだ。
固定魔法は解除された。
だがしかし、今度は〈隷属の首輪〉の効力で、アルスは動けなかった。
口すら利けない。
眼球を何とか動かして、突破口になるものはないかと周囲の魔道具を物色するばかりだ。
身動きできないまま狼狽する若者を目にして、ばあさんはことさら上機嫌になった。
「そうさね。アルスの坊や。
まずは、このナイフで自分の両眼を抉りな」
ばあさんは懐から梱包用の錆びたナイフを取り出し、アルスに手渡す。
アルスは必死の形相で〈隷属の魔法〉に抗うが、如何ともし難い。
ばあさんの命令通り、自らの利き腕で、自分の右眼、次いで左眼を突き刺した。
「ぐあああ!」
刃先が眼球を貫き、視神経にまで達する。
顔全体に激痛が走った。
それでも、身体は動かない。
アルスは叫ぶだけで精一杯だった。
「馬鹿たれ!
いつ、わたしが叫んで良いって許可したんだい?
みっともない声を出すんじゃないよ。勇者だろ!?」
ばあさんの命令を受け、アルスは口をつぐむ。
「そうそう。良い子だ。
これから一生、口を利いちゃいけないよ。わかったね」
アルスは頭から麻袋をかぶせられた。
ばあさんは、勇者アルスの頭を皺がれた手でポンポンと叩いた。
「アンタの命ある限り、ウチの店番をするように。
これからゆっくりと店番の仕方を教えてやる。
目が見えなくなったって、アンタは勇者なんだから、五感は優れてるんだろ?
すぐに、やり方を覚えるさ。
まあ、アンタは今日、勇者から、わたしの弟子にジョブチェンジしたってわけさね。
さあ、まずはわたしの肩を揉んでおくれ。
近頃、凝って仕方ないんだ」
◇◇◇
勇者アルスが、第三王女ランシアとの婚姻を間近に控えた状態で、突然、失踪ーー行方不明となった。
結果、第三王女は泣く泣く隣国の貴族の許に嫁いで行くことになったが、それまでの三年間、王都民は噂話に花を咲かせた。
勇者アルスには王女ではなく、本当に愛し合った女性がいて、その娘と駆け落ちし、今でも辺境の地でひっそりと暮らしているとか、いやいや、そもそも女性に興味がなく、さらなる修行の旅に出たのだとか、今でも陰で魔族との戦いを続行しており、ついには魔王軍の残党に暗殺されたのだとか、さまざまに噂された。
数々の新説がまことしやかに語られたが、真実を暴いた噂話はひとつとしてなかった。
あの、魔王を討伐した勇者アルスが、まさか両眼を失い、口を閉ざされ、頭から袋をかぶらされ、魔道具店の老婆の奴隷となり果てているとは、誰も思わなかった。
裏街道にある、例の魔道具店には、少ないながらもポツポツとお客は来ていたが、彼らの誰ひとりとして、店の前で椅子に腰掛けている、頭から袋をかぶった奇妙な店番が勇者アルスであると看破する者はいなかった。
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今後の創作活動の励みになります。
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