授業6 デジャブ?
言われた通り自分の部屋で待っていると、数分経ってスマホが鳴った。
自動で画面が起動され、情報を俺に届けてくれる。優秀な相棒である。
予想通り青姉からのメッセージだ。
『授業の準備が出来たから私の部屋に来てくれ。あ、ちなみに私の部屋は鈴の部屋の隣だから』
「了解。っと」
俺は返信をしてベッドから起き上がる。
隣の部屋ならちょっと大きな声で呼ぶだけでも聞こえると思うけど、母さん以外と連絡取り合うこと無かったし、青姉とスマホでやり取り出来て嬉しいからいいや。
俺はメッセージに従い、部屋を出て隣の部屋へと向かう。
メッセージの続きによると、なんでも俺が寝ている間に隣の部屋を軽く掃除して、持ってきた荷物を運び込んでいたらしい。さすが青姉、仕事が早い。
そういえば子供の頃に青姉が家に泊まった時も、よく隣の部屋で寝てたっけ。たまに部屋に無理矢理連れ込まれてドキドキしながら一緒に寝たっけ。
懐かしくて甘い記憶を思い出しつつ、部屋の前についた俺は扉を開けて中に入る。
「えっ?」
部屋にはスーツ姿の青姉が立っていた。パンツタイプのスーツだ。色はグレイで少しタイト気味。
「どうしてスーツなの?」
俺と2人だけなんだし、わざわざ着替える必要もないだろうに。実際俺はジャージのままだし。
「気合いを入れる為だ。それより、はい。そこに座る」
青姉は右手に持った指し棒で自らの足元に置かれた座布団を指す。
「わかった」
俺は素直に従って、座布団に座った。
「これ一人で運んだの?」
正面に置かれた大きなホワイトボードを見上げて尋ねる。
「そうだぞ?」
どうやら普通のことだと思っているらしい。
青姉は首を傾げてきょとんとしている。うん。可愛い。
でもね青姉、普通はこんなに大きなもの一人で階段の上の部屋まで運べないよ。それに落ちたら大怪我だ。
「あんまり危ないことしないでね。言ってくれたら俺も手伝うから」
「ん? まぁ、わかった。……?」
あんまり理解はしてなさそうだけど、まぁ仕方ない。青姉は超人だしな。
とりあえず今は話を戻そう。
「それで授業ってなにするの?」
「えっと、そのことなんだけどな。さ、さっきも言った通り、り、鈴と一緒に考えようかなぁ? な、なんて思ってる」
青姉は指し棒をクニクニと曲げて、目を泳がせている。
な、なんだその仕草は。ええおい、可愛いじゃねえかよ。こんちくしょう。
だけどそれってつまり……。
「特になにも考えてないってことだね?」
「そ、そうだよ! 正直久々に鈴に会えるのが嬉しすぎて授業のことなんて頭に無かったんだよ! 悪いか! バカやろう!」
少し頬を染めて青姉はホワイトボードに指し棒をぺしぺしと叩きつけて開き直る。
俺なんかに会えるのが嬉しいなんて、やっぱり青姉は変わり者だなぁ。
そんなこと言われたら、ニヤけちゃうじゃないか。でへへへ。
「なに気持ち悪い顔してるんだ?」
「んんっ。べ、別になんでもないよ」
俺は慌ててゆるゆるになった顔に力を込め気を引き締め直す。
「ふーん。ならいいけど」
危ない危ない。またからかわれるところだったよ。
ギリギリセーフだよな? なんか青姉は指し棒を伸縮させて遊んでるし。
それにしても、あの指し棒、曲げられたり叩きつけられたりしてるけど大丈夫なのか?
「それで授業はどうするの?」
指し棒も心配だけど今は授業の方が重要だ。割と前向きに取り組もうとしてる自分には若干驚いているけど、これも青姉効果ってことだろうな。
「うーん」
青姉は困ったように唇を尖らせて唸っている。か、可愛い。
「あっ」
なにか閃いたのか青姉はパンと手を叩いて告げる。
「今からなにをするか考えよう!」
ビシッと指し棒で俺を指し、自信満々な表情の青姉。
どうやらなにも思い付いてはいなかったらしい。
すっごいドヤ顔してるけどそれ、さっきも言ってたよ?
まぁやっと本来の使い方をして貰えて、指し棒がどことなく嬉しそうに見えるから良しとしよう。
なんて冗談は置いといて、
「考えるのは良いとして教材はどこにあるの?」
部屋を見回してもそれらしいものは一切見当たらない。
「教材? そんなの持ってきてないぞ?」
「は?」
えっ、なんで? なんでそんなに自信満々なの? 教材がなかったら割と勉強するの大変だと思うんだけど……。あれ、もしかして青姉、実はなにも教える気ない?
「え、えっとー。じゃあ青姉はなにを使って授業をするつもりだったの?」
もしかして俺の持ってる高校の教科書使うつもりだったのかな。
それなら通ってないけど高校に入学したのが無駄にならないし、良かったかも。
「……った」
青姉は俯き、呟く。あまりにも声が小さくてよく聞こえなかった。
「なに?」
俯く青姉の顔を覗き込むようにしながら聞き直す。
すると青姉は、
「だ、だからなんも考えて無かったって言ってんだよ!」
と、またも指し棒をホワイトボードに叩きつけながら怒鳴った。
さっきよりも力が強かったのか指し棒は負荷に耐えきれず折れてしまう。
「危なっ!?」
折れた指し棒の片割れが俺の顔の方へ飛んでくる。俺は間一髪で体を倒して回避する。
「ほっ……」
あ、危なかった。もう少しで怪我するところだ。
「ちぇっ」
青姉が即座に舌打ちをする。
「ちょっ、舌打ちはおかしいでしょ!」
「別に舌打ちなんかしてないしぃ。ちぇっ」
「してたよ! というか今したじゃん!」
言い訳する子供のような口調と舌打ち、その上に不機嫌そうに眉間に皺を寄せて青姉は平然と嘘を吐く。
た、態度がもう先生のそれではない。
「さっきから細かいことばっかりぐちぐちと、そのうちタンスの上とかに指を這わせて掃除が行き届いてないザマス。とかケチ付けてくる気だろ! 鈴の小姑!」
「誰が小姑だ! そっちこそ先生じゃなくて子供みたいじゃないか!」
「はぁ!? 私が子供!? ふざけるな! 私が子供だって言うなら鈴は子供の体に欲情するロリコンじゃないか! この変態! エロ魔人!」
「んなっ!? あんなにエロいことしといてよく言えるな! お酒を飲んだからってあんなことする青姉こそ変態だろ! このエロ教師!」
そもそも青姉スタイルも顔も全部100点以上の美人にあんなに密着されて興奮しない方がおかしいだろ。バカやろう!
「はぁ!? 私は変態じゃないですぅ! 変態は鈴のほうですぅ!」
「違いますぅ! 変態は青姉ですぅ! 青姉なんか変態を通り越してビッチですぅ!」
「はぁ!? ふざけんな! 誰がビッチだ! 私はまだ、ってなにを言わせる気だ! この童貞変態バカエロ魔人!」
「だ、誰が童貞変態バカエロ魔人か! こ、この酒飲みエロ酔いビッチ! いつもあんな風に酔って一体今まで何人の男を誘惑してきたんだ! こ、このエロ姉! エロ女! ちくしょう!」
売り言葉に買い言葉。お互いの罵倒がどんどんエスカレートしていき、最終的に俺は自ら紡いだ言葉で自ら落ち込み床を叩く。
「ふ、ふざけんな! 私がいつもあんな酔い方してるわけないだろ! あ、あれは鈴だから、ってうわあぁぁぁぁぁ! な、なんでもない! 私はなにも言ってない! 言ってないからぁぁぁ!」
耳まで真っ赤にした青姉は叫びながらしゃがみ込み、俺の顎目掛けて拳を叩き込む。
「えっ」
予想外の攻撃と嬉しい言葉に理解が追いつかず、青姉の綺麗なアッパーカットで俺の顎が跳ね上がる。
「ぐえぇ!!」
体は宙を舞い、後方へ。
デジャブだ。なんかすっごい最近同じようなことがあった気がする
ただ吹き飛ばされて、もはやどうしようもない状況の中、俺は思い出す。
確か後頭部を角に――俺の思考はそこで停止する。
同時に猛烈な痛みが後頭部を駆け巡った。
ベッドの角、つまり硬い木枠の部分に後頭部をぶつけたのである。
「#@/~#!!」
痛みが強すぎて俺は声にもならない声を上げながら床の上を転がり回る。
さ、さすがに死ぬ! こんなに何度も頭ぶつけてたら死ぬ! いや、殺される! このままじゃいつか青姉に殺される!
あまりの痛みに俺は悶えながら、原因を作った恐怖の象徴を睨みつける。
「「あっ、やべ……」」
まったく別の意味で同じ言葉を呟く俺たち。
最後に俺の視界に入ったのは、またやってしまったと罰の悪そうな顔で俺を見つめる青姉の姿だった。
その後、目を覚ました俺は、申し訳なさそうにする青姉とお互いの非を認め合いつつ、圧倒的に暴力に訴えた青姉が悪いということを中心に話し合い、結局、授業は二人がその日にやりたいことをやろうという形で結論となった。
それが授業と呼べるのかはわからないけど、俺と青姉の2人が納得していればそれでいいらしい。
なんとも甘い先生である。大好きだ。暴力はやめてほしいけど。
気に入らないことがあるとすれば、最低でも一週間に一度は必ず朝から晩まで通常の勉強を、いや、過酷な勉強(高校で習う勉強だけでなくより濃密な)をしないといけなくなったということぐらいだ。色々理由をつけて逃げようとしたけど、結局ダメだった。
そうしないと青姉が私じゃなくて他の先生を呼ぶとか言いだしたのだ。俺が青姉以外は嫌だってことをわかっている癖に。
そんな感じで若干ぶーたれつつも、内心、明日からの授業が楽しみで仕方なかった。
ああそれと、すぐに手が出る青姉には、お仕置きとして三十分間正座をしてもらったよ。
痺れた足をツンツンしてやった時の青姉の反応が可愛過ぎて、それは萌え散らかしました。
「ちょっ、鈴! つ、ツンツンするなぁ! ひゃんっ! や、やめっ、やめろぉぉ! はんっ!」
はぁ〜。可愛い。