授業33 後輩
意識を取り戻した俺は混乱していた。
「あっ、目が覚めましたか」
影宮さんが俺の頭を優しく撫でて、上から顔を覗き込んでくる。
ど、どうして俺は影宮さんに膝枕されてるんだ?
俺は後頭部の柔らかい感触に戸惑う。
目の前には青姉よりも少し小ぶりな膨らみがあった。
「大丈夫ですか?」
「は、はいっ」
優しい声で聞かれ俺は緊張で声を裏返しながら返事をして、影宮さんの魅力的な太ももから頭を起こす。
部屋を見回して青姉を探すと、なぜか姿勢良く背筋を伸ばして俺と影宮さんが座るソファの前の床で正座していた。
「あ、あのどうして青姉は正座してるんですか?」
一応俺も正座をしてから隣の影宮さんに尋ねる。
影宮さんは動かせるようになった足を組んで俺の問いに答えた。
「それは私が青先輩にお説教をしていたからです。なので鈴屋君は楽にして下さい」
「お、お説教ですか?」
言葉に従い正座をやめ、続けて質問する。
「はい。青先輩が鈴屋君に暴力を振るったことを怒っていたんです。ねぇ先輩?」
丁寧に俺に説明をしてから、影宮さんは青姉をギロっと睨む。
眼鏡は外され、スーツの胸ポケットにしまわれていた。
「は、はい!」
睨まれた青姉は体をビクッと震わせ、はっきりと大きな声で返事をする。
いつも強気な青姉をここまで怯えさせるなんて、影宮さんは一体何者なんだ。
「青先輩、あなたは鈴屋君に言わなければならないことがありますよね?」
「う、うん」
ゆっくりと首を傾げて青姉を威圧する影宮さん。
青姉はぎこちなく頭を動かして頷く。
今の影宮さんには威圧された当人でなくても怯えてしまいそうになる迫力があった。その証拠に隣に座る俺の体も震えていた。
「それではお二人が話をしやすいように私は少し席を外します。ですがくれぐれも鈴屋君に暴力を振るわないように。わかりましたか?」
ソファから立ち上がって青姉を見下ろし、影宮さんは飼い犬に言い聞かせるように忠告する。
「は、はい……」
青姉はしゅんとして弱々しく首を垂れた。
「それでは鈴屋君、また後で。もし青先輩になにかされたら私に言って下さいね」
眼鏡をかけてから俺に優しく言い、影宮さんはリビングを出ていく。
青姉に対する態度と俺に対する態度の差に驚いてなにも言えず、俺は無言で影宮さんの背中を見送った。
「「ふぅっ」」
彼女の姿が見えなくなったと同時に俺と青姉は嘆息する。張り詰めていた空気が少し和らいだ。
「青姉と影宮さんってどういう関係なの? 仕事の時は猫被ってるって言ってたのに影宮さんには素を見せてたよね?」
緊張がほぐれたので気になっていたことを青姉に尋ねる。
「あ、あいつは特別なんだ」
青姉は太ももを手で擦りながら答えた。
「特別?」
「う、うん。でも説明する前に足崩してもいいか?」
首を傾げる俺に青姉が聞いてくる。
太ももを擦っていたのはずっと正座をしていて痺れていたからだったようだ。
「う、うん。ここ座る?」
「うん」
俺が承諾しソファに座るよう勧めると、青姉は頷いて立ち上がった。
「だ、大丈夫? 手、貸そうか?」
ぷるぷると小鹿のように足を震わせる青姉が心配で手を差し伸べる。
「ありがと」
青姉はその手を握り、どうにか転ぶことなくソファに座った。
「大丈夫?」
「ああ、痺れてるけどそのうち治る」
「そっか」
聞くと青姉は足を伸ばしながら言った。
とりあえず大丈夫そうなので、俺は話の戻す。
「それで影宮さんが特別ってどうして?」
「か、薫は高校時代からの後輩なんだ。だから今さらあいつの前で猫被っても意味ないんだよ」
なるほど。だから影宮さんは青姉のこと青先輩って呼んでたんだ。
謎が解けてスッキリした。
「あれ、でも影宮さんが高校の後輩だったならどうして青姉はあんなに怯えてたの?」
新たに生まれた疑問を解消するため俺は青姉に質問する。
「薫は昔から真面目で生徒会長なんてものをやってたから、私はなにかする度にあいつに怒られてお仕置きされてたんだよ」
高校時代のやんちゃな青姉にお仕置きしてたなんて影宮さんすごいな。
あの時の青姉は街一つぐらいなら簡単に滅ぼせるだけの強さを持っていたのに。
「それに薫は私より強いし、怒ると無茶苦茶怖いんだ」
青姉は昔影宮さんにされたことを思い出したのか自分の体を抱いて震え出す。
ここまで怯えるんだ。きっと相当なことをされたんだろう。
「鈴も見ただろ? 怒った薫のあの蛇みたいな目。あの赤い目で睨んで、薫は私にお仕置きするんだ。今日みたいに私を正座させてお説教したり、お尻叩いたり、挙げ句の果てには私に謝る練習なんてさせるんだぞ! 酷いよな!」
「へ、へー。そうなんだ」
思っていたよりもお仕置きが優しくて俺は返事に困る。
青姉は影宮さんの酷さを伝えようとしたんだろうけど、なんか母親みたいなお仕置きで逆に影宮さんが良い人だってことが伝わってきた。
「他にも一緒に色んなところに謝りに行かされたり」
青姉の謝罪に付き合ってくれて、影宮さん良い人。
「朝から学校の掃除をするように言われてサボらないようずっと監視されてたり」
青姉の為にわざわざ早起きしてくれて、影宮さん本当良い人。
「テスト前になると単位落とさないようにとか言って無理矢理勉強させられたり。ま、まぁこれに関しては感謝してるんだけどな。そのおかげで高校卒業出来た上に大学も入れたから」
いやもう影宮さん女神かよ! ずっと青姉の面倒見てくれてるじゃん!
青姉のおかげで俺の中で影宮さんの評価がうなぎ登りに上がっていく。
「そろそろ話は終わりましたか?」
そして最高まで上がったところでリビングの扉を開けて、影宮さんが入ってきた。
「ありがとうございます!」
俺はソファから立ち上がり影宮さんにお礼を言ってお辞儀をする。
「「へっ?」」
影宮さんと青姉は素っ頓狂な声を上げた。
それを無視して俺は影宮さんのもとまで歩み寄る。
「えっ、ちょっ、な、なんですか?」
「高校時代から青姉の面倒見てくれてありがとうございます! 青姉が俺の専属先生になれたのも影宮さんのおかげです!」
狼狽する影宮さんの前までたどり着き、俺はもう一度、さっきよりも深く頭を下げた。
「ど、どういたしまして?」
俺が顔を上げると、影宮さんはなんのことかわからないといった風に首を傾げていた。




