授業2 同棲ですかそうですか
目を覚ますと、俺はリビングのソファで上で仰向けになっていた。
上半身を起こして部屋を見回す。青姉の姿はない。
「も、もしかして夢だったのかな?」
自らの頬をつねろうとして顎にお腹に後頭部に強烈な痛みを感じる。どうやら夢ではないらしい。
今、何時だ?
明かりが点いていなくて部屋が薄暗い。
カーテンの隙間から光が入ってきてないからもう夜なのかな?
壁にかかっている時計を確認してみる。
6時40分。恐らくこの6は18時の方だろう。じゃないと半日以上気を失っていたことになる。
青姉のパンチならそれもありそうだけどな。
「居ないってことは帰ったのかな?」
机の上に置いてあったリモコンで部屋の明かりを点け、もう一度部屋を見回す。
全体が見えるようになったけど、やっぱり青姉は居なかった。
「まったく、人を殴るだけ殴って帰るとかどんな暴力教師だよ」
「暴力教師で悪かったな」
「えっ?」
少しの寂しさもあって呟いた軽口に聞き覚えのある声で返され、俺はそちらを向く。
「うぇっ、あ、青姉」
視線の先には、右手にスーツケースを引き、左手にはたっぷりとものが入った近所のスーパーの袋を持った青姉が立っていた。
パツっとしたスリムタイプのジーパンを履き、白い無地のTシャツの上にグレーのパーカーを着て、さらにその上に黒い革ジャンを羽織っている。
一番聞かれたくなかった人に聞かれてしまった。
「うぇっ、じゃねぇよ。うぇっ、じゃ」
「ご、ごめん」
「別にいいよ。事実、生徒の鈴を殴った暴力教師だからな。それよりほら、これを冷蔵庫に入れるの手伝ってくれ。暴力教師からのお願いだ」
若干語気を強めながら青姉は手に持っていた袋を掲げて頼んでくる。
そんなに何度も言って、別にいいとか言いつつわりと怒ってません?
若干申し訳なさもあった俺は、青姉の要請に従いソファから立ち上がる。
「ほい」
「はい」
青姉の隣まで来て、袋を受け取る。
中身を確認してみると、人参やじゃがいもなどの野菜、鶏肉や牛乳など他にも色々入っている。
「わざわざ買って来てくれたの?」
「これを家に取りに帰るついでにな」
青姉は右手に持ったスーツケースに軽く視線を向けて答えた。
「それなに? ま、まさか教材じゃないよね?」
俺は若干怯えつつ尋ねる。
「これは私の着替えとか私物だからそんなに怯えるな」
「いて」
若干ではなくわりと怯えていたようで、軽くチョップをされてしまった。
「こ、着替え? なんで着替えがいるの?」
先生をするのにスーツケースで運ぶほどの着替えが必要なことって……はっ! ま、まさかエッチな授業をするためのやつですか!?
そんな俺のバカな妄想はすぐに否定されることになる。
「それは今日から私もここに住むからだ!」
腰に手を当てて胸を張る青姉。ただでさえ大きい胸が強調されすごいことになっていた。
あれ否定されてる? 今わりとすごいこと言ったような……。
「そ、それは今日から俺と同棲をするということでございますか?」
「うん。私が同棲して鈴の不規則な生活を改善するんだ。ていうかなんだよその喋り方。」
「同棲ですか。そうですか。はいはいふむふむ」
俺は頷いて青姉の言葉を反芻する。
青姉と俺が同棲……。青姉と俺が同棲……。同棲!?
「そ、そんなことできりゅかぁ!」
俺は青姉と同棲という言葉で脳内を駆け巡る数多のエッチな妄想を吹き飛ばすように大きな声で拒絶する。
「はぁ? なんでだよ。別に幼馴染なんだから問題ないだろ? 昔も良くこの家に泊まらせて貰ってたじゃん」
そんな、なにを言ってんだこいつはみたいな目で俺を見るのはおかしいと思います。
「問題あるよ! 思春期の高校生が年上の、それも巨乳で美人で超可愛い幼馴染のお姉さんと同棲なんて、待っているのは18禁でエロゲな展開だけだよ!」
青姉と同棲して俺の理性がもつわけないんだ。ずっと悶々として過ごすことになる。今まさに、頭の中で青姉のエッチな妄想でいっぱいだ。
あっ、お風呂入ってたんだ。ごっめーん。みたいな。
「じゅ、18禁でエロゲって、おまっ! お前は一体なにを言ってんだ! 可愛いって言ってくれるのは嬉しいけどさぁ!」
「そんな当たり前のことで喜ばないでよ。同棲なんかして俺に何されるかわかってないの?」
「あ、当たり前って、っ! な、なにする気なんだよ!」
何故か顔が真っ赤になっている青姉に俺は言ってやる。
「そんなのお風呂を覗いたりするに決まってるじゃん!」
ふぅ。すっきり。妄想していた内容を宣言できてすっきりすっきり。
「なっ! なんだそれ! そんなの別に決まってねぇわ! このへ、変態!」
「変態だよ! 思春期の男子は皆エッチなことばっかり考えてる変態なんだよ! さっきだって青姉が胸張った時にエッチだなぁ。触りたいなぁ。って思ったんですからね! だから同棲なんてしちゃ駄目だよ! もっと自分の身体を大事にして!」
「なっ、なにいってんだバカ!」
青姉は自分の腕で胸を隠しながら俺を罵倒する。
隠そうとしてるのに、胸をぎゅっと抱き込むような形になって余計にエッチだ。
「はぁー」
まったく。無意識にこんなことする青姉と同棲なんて無理に決まってる。
「な、なんでため息ついてんだ! バカ! そもそも鈴がどれだけごねても住むって言ったら住むんだ! 鈴に決定権はないから! いいな、わかったか! 私はこれ冷蔵庫に入れるから!」
語気を強めて問答無用で宣言し、俺に手渡したばかりの袋を奪ってキッチンの方へと歩いて行く。
「ちょっ、待っ、いくら青姉がそう言っても母さんの許可がなかったら無理だよ! ここは母さんの家なんだから!」
納得が行かず青姉の後を追う。
基本放任主義の母さんだけど、一人で住んでいる息子が女の人と同棲するなんて言い出したら反対するに決まってる。うん、そうに決まってる!
「ああ、それは問題ない。早希さんにはひきこもり専属先生の派遣許可を貰うついでに、同棲の許可も貰ったから。青ちゃんなら大歓迎って言ってくれたんだ」
母さんからそう言われた時のことを思い出してなのか青姉は子供が喜ぶみたいに、にかっと笑う。
「なんでだよ! なんでそんなに準備がいいんだ!」
家主である母さんの許可を取られたらもう逃げ場無いじゃないか。
「それは私が優秀だからさ」
青姉はふふんと鼻を鳴らしてかっこをつける。
「くっ……。悔しいけど言い返せない。ここに来る前に外堀を埋めてたなんて」
「ふっふっふ、なら観念しな。そしてさっさと手伝え」
俺を言い負かせて嬉しいのか、青姉は無邪気に笑ってさっき奪ったばかりの袋を渡してくる。
俺はそれ以上抵抗することも出来ず、素直に袋を受け取り、青姉に従った。
この後、袋の中に入っていた物によってあんなことになるとは知らずに……。