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はなだまのうみなおし≪中≫

 雪が降る寒い日だった。カイタイ館を出る日は、すんなり来てしまった。

 もうすぐ春が来ると言うのに、今年の冬は深まるばかりで、春を遠ざけるような雪を毎日降らしていた。

「みんな忘れ物はない? もうすぐ迎えがやって来るから、もう一度身の回りを確認してね」

 まおはの声に、みんなから落ち着きが遠のき、あいとせんが慌ただしくこの場を後にした。

「……ねぇ、もう一度部屋を見てきていい?」

「既に朝から十回以上確認しているじゃないか。ま、いいけど」

「なにか忘れ物があったら困るじゃない。りんも行ってくれるよね」

「はいはい。――案外いろはも心配性なんだね」

「そうみたいだ。こんな落ち着かないいろはが見れるのも最後かもしれないし、どこまでも付いて行くさ」

 りんとまことの言葉に不満げに口の先をとがらせるが、不安が足を急かすようで、いろはの手に服を引っ張られてカイタイ館を全て回ることになった。

 昨日も使っていたプールに、遊戯室、勉強室に鑑賞部屋、本が並ぶ部屋に、みんなが使っていた部屋に風呂、トイレ、食堂に階段、物置、出入りした場所をくまなく調べ、壁に天井まで、記憶のない場所まで館中を歩き回った。

「なにか見つかったか?」

「……いいえ、なにも」

「大丈夫だよ、いろは。この後もみんな一緒だって、まおはが言ってたじゃない」

 以前カイタイ館に住む真人たちに会いたいと思っている人がいるとまおはが話していたが、その人に会うことが次の役目だと言う。

 だから誰も別れることにならず、ほっとしていた。残りどれくらい時間があるか分からないが、親しい人たちといられることは、手にできる内の数少ない幸運だろう。

 以前いろはと指切りしたときよりも、いろはは背が少し伸びて、さらにまことは大きくなった。りんは変わらず小さいままで、先を歩くいろはに追いつくために小走りしている。まことは悠々と隣を歩く。

 結局ずっと追いつかなかった。だけど互いの心はずっと変わらず、仲の良い三人組だ。

「そうそう。こういうときは頭を空っぽにしててもいいからさ、ドンと構えておくけばいいんだよ。……まずは形からっていうだろ?」

「どうしたの?」

 胸を張り、ドンと自分の胸を叩き、不安げに目を彷徨わせるいろはに言うと、思ったより強く叩きすぎたのか、まことは胸を押さえていた。

「ちょっと痛かった。……励まそうと思った俺の努力だけは拾ってくれないか」

「もう、さっきの自信はどこに行ったのよ。本当に頼りないんだから」

 呆れるりんの冷たいツッコミと、まことの自滅をいろはが笑った。

「……そろそろ諦めないといけないなー。これ以上、ここに何かを探しても見つからないって」

 数回の深呼吸と共にいろはが呟くと、不安に染まっていた表情が消えていた。

「そうだね。何度も三人でチェックしたし、置いてきたものもない。――次も一緒だから大丈夫だよ」

「りんもまことも、ありがとう。……そうね、きっと大丈夫」

「この俺もいるし、みんなも一緒だ。これ以上、心細いことなんてないだろ?」

「……まこと、こういう時は『心強いだろ』って言ってくれないと締まらないじゃない」

「あれ? ……うっかりしてたわ」

 まことの空振りする励ましを二人で笑うと、まことが頭を掻いていた。


「みんなは三年前、施設からここに来た時の事覚えてるかしら」

 窓のない大きな鉄の箱の中で、みんなが顔を合わせて座っていると、まおはが尋ねてきた。

「……あの時気付いたらカイタイ館にいたから、どうやって来たのか覚えてる人はいないんじゃないかな」

 思い出しながら、りんがまおはに応えた。

 あの時は腹を切るほどの検査のためか、みんな麻酔を打たれ眠っていた。目を覚ましたら知らない空気とベッドの上で、真っ白だった施設と違って、いろんな色をした場所に戸惑っていた。あたりを見回せば、ずっとガラス越しで交流も出来なかった誰がすぐ側に居た。目の合った小さないろはが駆け寄ってきて、一番最初に名前を聞かれたことまで思い出されて懐かしさに胸を焦がした。

「検査の後じゃなくて、その前よ。……ずっと、あなたたちに会うことを楽しみにしている人がいらっしゃるのよ」

「全然覚えてないな」

「白衣の人じゃなくて?」

「誰かいたっけ?」

 カイタイ館に迎えに来たのは施設で見かけたような、白衣姿の人達だった。あの時と同じ人だったのかどうかは分からないが、何人もいて、みんなの健康状態や心身に異常がないか簡単に確かめた後、なにひとつ無駄のない動きで扉の外へと案内された。

 外は息が出来ないのではと不安になったが、半透明な通路が扉の向こうに用意され、移動用の車へと続いていた。

 迷わないようにと行先が用意され、安全に配慮された道に覚悟を決める。――今までも誰も傷つけるようなことはしてこなかったのだ。だから大丈夫だとりんは自分に言い聞かせ、不安に染まるいろはの手を取った。まことも少し遅れていろはの手を取り、三人で最初に車へと乗りこんだのだ。

 その車に揺られ、施設へと向かっている。最初にいた場所へと帰るようだった。

 まおはとはお別れだと思っていたので、まだみんなと一緒にいられる安心感と、あの頃にはなかった絆が心強くさせてくれるようだった。揺れる車内で隣に座るいろはにぶつかる度に、互いにくすぐったく笑う。

「いろは、まこと、りん、せん、じん、あい、ばく、もこ――。あなた達の存在が、いかにあの方たちのお心を慰めていたか――。真人であるあなた達にしかできないことで、何よりも尊い行いをしてきたの。それだけは大切に、どうかあなた達の誇りにしてね」

 恭しく丁寧に包んだ優しさを、少しでもみんなに届けたいという気遣いがまおはから伝わる。

「わたしにとってもあなた達は誇りよ。――最後まで、責任を持って傍にいることをどうか許してくれないかしら」

「……」

 端に座るじんが冷たい目でまおはを見たが、気持ちをぶつけることはせず、すぐに顔を背けていた。――鑑賞会でまおはとふたりで話してから、じんは誰とも話すことはやめ、誰からも距離を取るようになった。

 誰が声を掛けても返事をすることもなくなり、まおはの誕生日会にも現れなかった。それでも、まおはだけはじんに語り掛ける。返事がなくても、期待をされなくても、荒れる心をぶつけられてもまおはの態度はずっと変わらず、誰に対しても平等であろうとしていた。

「……まおはって私たちの『親』みたいね」

 あいがぽつりとつぶやいた。すぐに顔が紅潮し、照れを隠すように膝を抱え三角座りになった。

「なんでもないっ」

「ありがとう――。少しでもそう思ってくれたら嬉しいわ」

 モーター音しかない車の中で、あいの言葉を反芻した。

「そうかも……、まおはって俺たちの『母親』みたい」

「今までいろんなことを教えてくれて、大事にしてくれて、危ないときは叱ってくれて、なんでも話を聞いてくれた」

「親って、そういうものなんでしょ?」

 せんともこ、いろはが口々にまおはへと心を寄せている。『親』という概念を教えてくれたのもまおはだった。

 生まれたときのことは覚えていないし、育ててくれたのは白衣を着た名前も知らぬ人たちで、施設では特に誰も親しみを持って接してくれなかっただけに、寄り添ってくれる他人の存在が温かい。

「昔――、わたしにも自分の子どもがいたの。お腹(ここ)から出る前に呼吸が止まってしまって、手を尽くしたけれど間に合わなかった。……あなた達みたいにここに傷があるのよ」

 下腹部を押さえるまおはの手は、りんたちの傷跡よりも下の位置にあった。今まで個人的な話などしたことがなかっただけに、一緒にいることも、みんなで話をしていることもなんだか現実味が薄かった。

 狭い車の中でなければ、今もまだカイタイ館の暖房が効いた部屋で、いつものように他愛ないおしゃべりをしていた日常が続いているようだった。

「そうなんだ……。まおはにも子どもがいたんだね」

「みんなといると、あの子にしてあげられなかったことを、返しているようで楽しかったわ」

 まおはの染みるような言葉に、三年という時の長さを誰もが思っただろう。

「みんなのことは、自分の子のようにずっと思ってきた。短い間だけでも、わたしを『親』でいさせてくれてありがとう」

「――まおはこそありがとう。いろんなことを教えてくれて、一緒に過ごせてすごく楽しかった」

「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。まおはが作ってくれるシチューが好きだったな」

「おはぎもおいしかった。皆で一緒に作ったのも楽しかったね」

「そういやカイタイ館に来た頃、もこが砂糖と塩を間違えて作ったクッキーはひどかったな」

「そんなことは思い出さないでよ! まことってば、ほんっとうに空気読まないわね」

 カイタイ館よりもずっと狭い場所で、互いの距離が近いからか管理人と真人という立場を超え、一体感が芽生えた。

「……のんきなもんだ」

 ひとり背を向けるじんの呟きなど、みんなで楽しかった思い出や、好きだったものを語る声に追いやられ、かすかにりんの耳に届くのみだった。

 輪に入れず拗ねるような態度に、もう誰もじんを構うことなどしなかった。


 三年振りに戻ってきた生まれ育った施設に到着すると、無機質な白さの印象そのままだった。

「……こうなってたんだね」

 ガラス張りの廊下から見えるのは、無機質な白い部屋に詰められたいつかのりんたちの姿。検査着に身を包み、なにもない部屋にぽつんといる姿がこちらを見ていた。

「あの子たちも、いつかカイタイ館とかに行くのか?」

「そうね。――カイタイ館の他にもその子に適した環境が用意している施設があるのよ。あなた達も選ばれて私の元へ来たの」

 青白い検査着に身を包むあの子たちとは違い、カイタイ館からここへと戻って来たりんたちは揃いの薄灰色の制服を着用しており、ここの関係者のようには見えなかっただろう。

 選ばれて今がある――。その話がなんだか誇らしく、くすぐったさから思わず背が伸びた。

「真人の皆さんは、あちらの部屋で着替えて下さい」

 白衣の人たちに促され、指示の通りに進もうとしたところ、

久坂(くさか)波々賀部(ほうかべ)さまが既にいらしてる。問題はないか」

「なにひとつ抜かりなく。――お部屋へご案内をお願いします」

 白衣の男性とまおはが話しているのが聞こえた。振り返れば、変わらぬ笑みを向けるまおはと目が合った。

「早く着替えてらっしゃい。私もやることがあるから、また後で会いましょう」

 真っ黒なウールのドレスを着ているまおはも着替えに行くのだろうか。誰かに連れられてこの場を後にしていった。

「……『くさか』って呼ばれてなかった? まおはの名前かな」

「『ほうかべさま』って誰だろうな。すごい人が来るってこと?」

 白いドアをくぐり、みんなで部屋に入ると、ついたてで分けられただけの簡素な更衣室だった。

「波々賀部財閥の人間だろ――、俺たちを飼っている人間の名前だ」

「あぁ、――『おりのすけさん』のことか」

 じんがぶっきらぼうにりんといろはの疑問に答えると、まことが思い出したかのように『おりのすけさん』の名を挙げた。

 いつだったかの鑑賞会で紹介された人物だ。

 真人が誕生した頃、『波々賀部財閥』が真人を保護し、薬を世に流通させ、数多くの病を克服してきたと説明された。その内のひとりだと説明があったが、いつもの鑑賞会とは違い、ただ故人の紹介にとどまるだけだったので、あの時ばかりは涙を流す者は誰もいなかった。

「おりのすけさんの身内……、ってことかな。あなた方のおかげで私たちはここまで大きくなりました、ってお礼でも言えばいいのかな」

 制服を脱ぎながら、あいがそんなことを言った。代わりに用意されていたのは検査着。――本当の意味でここに戻って来たんだと、軽い布を手にすれば実感が心を重くした。

「じん、頼むから失礼な態度は取らないようにしてよね」

 棘のあるもこのセリフに、堅い何かが床に叩きつけられた。

「……どうしてお前たちは、そう従順でいられるんだ。全て勝手に決められて、いいように利用されているだけで、ずっと気分が悪くならないのか……!」

「あのさ! じんこそずっとそういう態度取ってばかりでこっちも気分が悪くなってるの、分からないの? 不安なのはみんなも同じなんだから、ひとりだけ不幸ですってツラしないでよ」

 銀のフレームに白い布がついているだけのついたてを蹴り飛ばし、脱ぎかけのワイシャツだけの恰好になったもこがじんの胸倉をつかんだ。

「まあまあまあまあ、二人とも落ち着いて――。こんなところで喧嘩なんかしないでくれよ」

「じんも、……向こうの気が変わって、俺たちよりあとの子たちが不利を被っても嫌だろ」

「短い人生なんだ――。残りの時間をさ、誰かと険悪になりながら過ごしたくなんてないよ」

 まこと、せん、ばくがもこを引き離そうとし、じんをこれ以上荒れないようにと宥めていた。急になくなったついたてに、着替えが途中だったあいはいろはの影に隠れた。

 あいに構わず、まだ着替えてすらいなかったいろはがもこの肩を叩いた。

「もこも手を離して。……不安なのはみんな一緒でしょ。偉い人に挨拶して終わるだけなら、少しの間だけ我慢して。――それが終わったらどうするか一緒に考えましょうよ。今度もまた個室なのかな。またみんな一緒の部屋になれたらいいよね」

「これからの食事ってどうなるんだろうな。カイタイ館にいた時はまおはが作ってくれたけどさ、ここだとドロドロの栄養食じゃん……? 俺、耐えられるかな」

「まことってば……、まーたテンションの下がること言うんだから」

 空気を変えようといろはとまことが他愛ないやり取りをすれば、もこはじんから手を離し、じんは押し黙った。

「正直、わたしたちの人生って短くて、他の人に比べれば残念なことも多いけどさ――、みんなが一緒だったら、その残念さもあまり気にならないと思うんだ。……じんは違うの?」

 もこの怒りから逃れた無事なついたてから顔を出し、りんは俯くじんへ尋ねた。

「わたしたちを『飼っている』とか、そういうこと言うのもやめてよ。より自分が惨めになるだけだよ」

「……じゃあ、なんのために俺たちはここに居るんだ……。なにも出来ずに死ぬだけの人生に、生まれた意味があったのかよ」

「誰かの役に立ってるって、まおはが何度も言ってたじゃない」

「……そんなこと、どうでもいい。役に立たなければ生きている価値がないみたいな言い方、それこそ惨めじゃないか――っ!」

 あふれる感情をどうすることも出来ないと、声が震えるじんが叫んだ。

「それだけじゃ満足できないの?」

「できない――、」

 ドアが急に開けられ、白衣の人間が数名入って来た。急なことに驚くも、彼らは冷静に現状を把握すると、何も言わずじんの傍へ行った。

「やめろ! 近付くなっ!」

 急なことにじんが逃げようとするが、二人の大人に取り押さえられ、注射器でなにかを注入されるとそのままじんは動かなくなった。唐突な出来事に、思考が止まりなにも言えなくなれば、

「着替えが終わったらすぐに外に出るように。彼のことは気にするな」

 端的な説明と共に、じんは連れて行かれ扉が閉められた。あまりにも一瞬の出来事に、誰もが呆然とすることしか出来なかったが、

「……ずっと自分勝手だから、バチが当たったんだな」

 せんが乾いた笑いと一緒にこの空気を一蹴した。その言葉に誰かが笑い、もめ事がなくなったことに安堵する気持ちが湧いてきた。


 検査着に着替え、淡々と白衣の人たちに案内されると、白い廊下の先に今までとは違う雰囲気の扉の前にやって来た。

「まおは――」

 別れた時と変わらぬまおはの姿が見え、心細い気持ちがりんに名を呼ばせた。

「じんのことは聞いたわ。誰もケガはしてない?」

「うん……」

「そう、良かった。――大丈夫よ、じんともまた後で会えるから、心配しないで」

 不安に顔が暗くなるみんなから、優しいまおはの言葉が顔を上げさせた。

「まおはがいてくれてよかったね」

 あいの弾む声に、みんなの硬かった表情がほぐれていく。無機質な白い施設の中で、まおはの周りだけはカイタイ館にいたときのような平穏があるようだった。

「みんな、喉は乾いてない? 慣れない場所で緊張しているでしょ」

「えぇ、――ありがとう」

 まおはの言葉に、ひとりの白衣がお盆に人数分の紙コップを持ってきた。花の香りだろうか。無色透明だが、華やぐ香りにさらりとした飲み心地が、乾いていた身体を癒してくれた。

「これってなんなの? おいしいね」

「まだ欲しいならあるわよ。もってきてあげてくれないかしら」

 別の白衣が飲み物を持ってきたので、嬉しそうにみんなお代わりを貰っていた。

 まことから、いろはとりんの分のコップをもらうと、彼は自分の分を取りに行った。彼の姿に肩の力が抜け、渡されたカップを口にした。

 友人やまおはたち以外の人はずっと無機質な態度だ。離れても時間が経っても変わらないものに、元いた場所へ帰って来たとしても、自分たちの居場所は本当にここなのかと自問したくなった。

 ただ、じんのように不安に溺れたくないと空のコップを潰し、心の中に湧いたものを捨てていく。

 何も考えてはいけない。

 白い施設の中で案内された場所が金の装飾が施された暗い扉があることも、みんな白い白衣や検査着なのにまおはだけが黒いドレスであること、『久坂』と呼ばれていたこと、じんに注射されたのはなんだったのか、そのままどこへと連れて行かれてしまったのか――。

「りん、だいじょうぶ?」

「……うん、少したちくらみがしただけ」

 暗くなる思考のせいか目の奥が痛み、頭を振る。いろはの不安げな顔が見え、りんはもう一度頭を振る。

 頭に不自然な重さがやって来て、じんわりと温かくなった。

「もしかして身体に合わなかったかしら。――少しだけ頑張れるかしら、りん?」

 まおはの手が頭に載せられ傍で屈み、こちらの顔色を窺っていた。調子が悪いときにしてくれる仕草に、不安な気持ちをぎこちない笑みで追い払った。

「大丈夫だよ、まおは。心配してくれて、ありがとう」

「――カイタイ館のみんなは大切な存在よ。無理をさせて悪いんだけど、もう終わるから。みんなもあと少しだけ頑張ってもらえないかしら」

 これから何か授業を始めるかのように先導するまおはに、りんは自分の心に大丈夫だと言い聞かせた。

 新しいことが始まるときは、いつだって不安でいっぱいになるものだ。

 いろはがりんの指を取り、りんの不調を取り払おうと両手で握ってくれた。カイタイ館より他人の多い場所で、信じていたものが揺らいでいたとりんは気付いた。

 気を許せる仲間しかいなかったカイタイ館から出され、無関心な白衣の人間が多い場所で、不安に飲まれている。

「もう大丈夫だよね、りん。私たちが一緒だもん」

 いろはの指が絡み、いつかの約束を思い出す。

 不安に思う気持ちも、疑う気持ちも全て諦めれば楽になる。

「ありがと、いろは」

 潰したカップを捨て、大事なものだけ手の中に握りしめる。小さな約束と願い、大事な友人がいればそれでいい。白衣が白ではない扉を開け、まおはがみんなをその先へと案内した。

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