7話
シイナとの会話で得た収穫を基に、大教会に向かうことになった。もちろん、まだまだ腹に余裕があった為、道すがら気になった料理に舌鼓を打ちつつという、のんびりとした移動となったは言うまでもない。
大教会の前は人で溢れかえっていたが、鎧をまとった騎士が誘導していた。信者である国民と観光客で分けていたことから見た目と違って立ち止まることなく中へ入れた。
「おお・・・外観も凄いと思いましたが、中はもっと凄いですね」
ルエラが感嘆して辺りを見渡す。
中は白を基調に調度品が設えていて、壁や等間隔に並べられた長椅子、祭壇、全てが汚れ一つない白だった。その中で、四方に設置された天使を題材にした窓のステンドガラスから指し込む、色取り取りの影が幻想的で美しい。
そして正面には、大教会が崇める主神、ルミナスの巨象が鎮座していた。
全身を純金で作られているが、丁寧に磨かれ、管理されているのがよくわかるほど、曇りや汚れ一つない。祈りを捧げる姿勢で顔は僅かに伏せられているが、その顔は美の女神と間違わんばかりの美貌が彫られていた。信心深くない、寧ろ神様を信仰する暇があるなら魔術を極めます、をモットーにするルカとルエラにとって、わー奇麗だなーぐらいの感想しか抱かないが、信心深い信徒にとってはこれは確かに毎日でも祈りを捧げる価値のあるものだろう。それほどに、荘厳な女神像だった。
でもな、とルカは思う。ルエラも同じことに着目したようで、思念伝達で会話をする。
『てっきり、ルミナス神は男神だと思っていたのですが、オノールのルミナス神は女神だったのですね』
『うーん、それはね』
何故そんな疑問を抱いたのかだが、単純だ。嘗て訪れた国、聖女の選考儀式を受けるという第二皇女の生まれた国、ディーウェスで祭られていたルミナス神は男神だったからだ。もっとも、建前上は男神、というだけで、正式には両性具有、或いは無性であるとのこと。これは訪れた国の神官長から聞いた話なので、信憑性は高い。なんせ件の国の方が歴史が長く、オノールの一神教の起源と評されている歴史ある国だからである。では違う神なのか、といえばそうではない。男と女の違いはあれど、顔のパーツ自体は瓜二つなのだ。つまりは同じ神を模していることになる。
『昔聞いた話だからうろ覚えだけど、確か、女神像にすることで、女性の地位向上に役立てようとしたんじゃなかったかな。今はそうでもないけど、ディーウェスは以前、男女尊卑が酷くて、当時の状況を憂いた公爵家に降嫁した皇女を旗本に、内乱が起きたことがあったからね』
だから今ではディーウェスでもルミナスの女神像も一緒に崇められているそうだよ、とルカの説明に、ほう、と相槌を打つ。
内乱が起きたのは五十年以上前。ルエラはおろかルカも生まれていない。しかし大規模な内乱であったため、歴史書にも乗せられている出来事だった。
『同じ神を祭っている割には、神聖教公国の中には含まれないのですか?』
『ディーウェスのほうが歴史が古いのと、あそこは多神教でもあるから。ルミナスを唯一神とするオノールはそれを受け入れられないんだろう。隣国であちらの方が歴史が古いし、起源となった国だから、表面上は仲良くしているようだけどね』
だが、オノールが歴史あるディーウェスを取り込もうと戦争を起こさない理由は別にある。戦力の差だ。
オノールにも聖騎士と呼ばれる兵士で構成される聖騎士団が存在するが、彼らは以前からある魔術を使用するのに対し、ディーウェスは学問に栄えた国だ。当然学問には魔術も含まれ、魔術を学ぶための学院が設立され、世界に幾つかある魔術協会の支部の一つがある。新しきを求め、見直しと改善、上書を重ねる国と古きを貫く国。どちらに軍配が上がるかといえば、新しき魔術が圧倒的な力で勝利することは、魔術協会が秘密裏に発表した論文に記されている。十人の賢者が認め、発表された内容は当時魔術協会内でも騒然とした記述内容だった。古代魔術を重宝する国では騒動に発展しかねないと、一部の国には秘匿されている。その一つがオノール国だ。
数では勝っても、一般的に大魔術と言われる、改良された広範囲魔術を行使する魔術師を率いる国を相手に、大敗を喫するとわかっていて戦争を吹っ掛けることはしないだろう、というのがルカの見解だ。
そこまで説明を受けたルエラは、ルカを睨みつけた。
『その論文を書いたの、教会にいた頃の師匠じゃなかったですか?』
『よく覚えていたね』
題材は古代魔法と新魔法の威力の差、並びに利点と欠点の考察。ルカが15歳で書き上げた論文だ。書いた張本人が言うのだから、反論など上がらない。
古代魔術に拘るばかりに、オノールは一生戦力でディーウェスに敵わない。当代最強と称される大賢者によって考察を練られた上で明確にされた、確定した事実であった。