3話
西の帝国『オノール神聖教公国』こと、通称オノール国は、十の国から成り立つ西大陸最大の宗教を軸にした国家の名称である。
太陽神ルミナスを主神とし、頂点を教皇としているため、王族がいないという珍しい国家だ。
神に心を捧げることが全て。神の御業こそ最大の奇跡、という、心の安寧を求める民にはこれ以上とない拠り所ではあるが、一方、何かと実力のある魔術師には嫌厭されがちな国として有名である。
この世界において魔術は生活の様々な場面で使用される。いわば生活の一部である魔術は、人間は元より魔獣と呼ばれる生物ですら、何かしらの魔術を行使する。そのためオノール国にも複数名であるが魔術師はいる。しかし魔力とは神より捧げられし祝福なのだから、力ある魔術師は教会に属し、神に尽くすべきである、という、どんな理屈だと文句を言いたくなるような捻じ曲がった信念を掲げ、強引な勧誘を国家を上げて行っている為、魔術師が所属する組織がそもそも存在しない。オノール国にいるのは大体が勧誘から逃げ遂せている組織の枠に収まっていないフリーの魔術師である。
何故逃げてでもオノール国に留まる魔術師がいるかといえば、単純に西大陸における貿易の最大拠点だからである。貿易の中心であれば、至る国や魔術協会で開発された新しい魔術の組み込まれた魔術書や魔道具なんかも運び込まれる。その新しい魔術を求め得るために、知識に貪欲な魔術師たちは嫌厭しながらもオノール国を訪れるのだ。
今回、ルエラを伴ったルカは、かつて訪れた際にこっそり仕込んであった空間系統魔術『転移門』を使用してオノール国の大通りにほど近い裏路地に降り立った。
正直来たくなかったなー・・・と溜息を吐きながら、手を繋ぎながら始めて来た国に目をキラキラさせるルエラを見る。
ルエラは同年代の子供と比べても背が低い。おそらく幼少期に必要な栄養を取れていない弊害なのだろうが、月日が解決してくれるのを待つしかない。
保護者としてひもじい思いをさせないを信条にしているルカは、取り合えず時間的にも腹ごしらえだな、とルエラの手を軽く引く。
「夢の調査の前に、昼餉にしようか。飲食店に入るのと、屋台で食べ歩き、どっちがいい?」
「ふむ・・・食べ歩きがいいです」
悩む素振りを見せたが、即決で定評のあるルエラの回答は早い。
わかった、と頷いて、二人仲良く手を繋いだまま大通りへと足を向けた。