1話
大賢者と名高いルカ=ライデン・ユリシーズといえば、類まれな魔術技術と魔力量、そしてそれを無駄なく円滑に行使する優れた頭脳の持ち主であると知られている。
ルカの居住となっている高くそびえたつ塔は、教育機関が設けられるほど魔術の発展に力を入れている大国の城よりも、各国から集められた精鋭の魔術師たちが知恵を振り絞り完成させた防御魔術の掛けられた魔術協会の巨塔よりも、遥かに凌ぐ優れた防衛、防犯魔術が施されていた。まさに最新鋭の魔術技術の集大成であり、その技術を学びたい、あるいは盗みたいと、多くの魔術師が引切り無しに塔を訪ねてくるのが常だだが、あいにくと所在地が明らかになっていないため、今のところ平穏な日々を過ごしている。ついでに言ってしまえば、酷く警戒心が強い性格故、たった一人の弟子を除いて、新しく弟子を取るつもりが微塵もないのが、彼を知る友人たちの見解だ。
塔の中の構造は、本の虫ー-基、勤勉なルカに似つかわしく、各国から集められた魔術書に溢れかえっていて、塔の三分の二は書庫となっている。
三分の二の書庫の残り、三分の一に設けられている居住区の一角、キッチンで朝食を作っていたルカは、弱火で温めていたポタージュの味見を見ようとスプーンで掬って口に運ぼうとしている姿勢のまま、斜め下を見下ろした。
長身のルカの腰を少し越した程度の慎重にコンプレックスのある弟子、ルエラが軍人宜しく敬礼しながら、挨拶を述べた後に見た夢を矢継ぎ早に報告したところである。
「ー--という夢を見たのですが、師匠はどう思われますか」
今日も朝から堅苦しい言葉遣いで見上げるルエラに、ルカはことりと首を傾げ、一先ず途中だったスプーンによそったポタージュをやっと口に運んだ。
ー--うん、良い味。
納得できる味に仕上がっていたのに満足し、火を止めて漸くルエラに向き直る。
「おはよう、ルエラ。ー--時に」
無造作に肩の前に流れていたルエラの髪を一筋持ち上げ、苦笑する。
「先月、『年齢が二桁になったので、れっきとした淑女の一員として身の回りのことは自分でやります』と宣言していた割には、顔を洗わず、髪に櫛を入れず、それどころか着替えてもいない。淑女有るまじき出で立ちな訳だけど・・・いいのかな?」
「はっ・・・!」
自分の失態に気が付いたルエラは、あわあわと右に左に足を動かし、脱兎のごとく洗面所のある部屋に駆け込んだ。
「すぐに身支度を整えてきます・・・!」
「慌てすぎて転ばないようにね。今日の朝ご飯はルエラの好きな南瓜のポタージュだよ」
「・・・! はい!!」
ルカの言葉を聞いたルエラはぴょこっと扉から顔を出し、にっこりと笑い、元気に返事をした。
ぱたぱたと小さな足音が止み、水の流れる音が聞こえる。
しゃべり方と違い、まだまだ行動は年相応だな、とルカは肩を竦めた。
あの様子ではすぐに戻ってくるだろうと、料理を配膳してしまおうと食器棚からスープ用の深い皿を二枚取り出す。
掬おうとレードルを持ち上げて、ふふ、と小さく笑い声を漏らした。
ポタージュには、実は南瓜をメインに十種類の野菜をふんだんに使っている。
その中に、ルエラが唯一見るのも拒否する大嫌いな野菜が含まれるのだがー--。
「さて、今日も気づくことなく全部食べてくれるかな?」
こっそり入れられたピーマン入りのポタージュ。今のところ、ルカの全戦全勝、勝ち戦である。
登場人物
ルカ=ライデン・ユリシーズ(21歳)
見た目は17,8歳程度。膨大な魔力量から、見た目の変化がほぼ止まっている。
大陸でもっとも名の知られている大賢者。
戦争孤児であったルエラを拾ったのは16歳の時。
名付け親にして育ての親。
本の虫で、一人のころは暇さえあれば日向ぼっこしながら平気で半日本を読み漁っていた。ルエラを保護してからは抑え気味ではあるので、保護者としての責任感はある。
最近は、ルエラにどうやって嫌いな野菜を食べさせようか料理の幅を広げるのが趣味。
今のところ全戦全勝。今後もルエラがこっそり食べさせられていることに気づくかは多分皆無。