15話
一先ず、居住の塔に戻ったルカとシエラは、必要になりそうな魔道具を異空間収納に詰め込んでから仮眠を取ることにした。ルエラはまだ十歳ということもあり、夜が深くなっては起きていられない可能性がある。では留守番・・・という意見も出たが、「師匠と別行動なんて許容出来ません」などと真顔で憤然と発言したことから却下された。この場で窘めたところで、あの手この手と如何な手段を使ってでも後をついてくることが来ることは容易に想像できたので、ルカが折れた形だ。師が頑固な弟子を持つと大変だよね、と口に出したところ、師匠に似たんですよ、と睥睨されたのは余談である。
自分の膝に頭を預け、やや俯せに寝るルエラの髪をさらりと梳いた。一見茶髪だが、紫の光を弾く髪は珍しい。
移動してもわかるように、と行動を阻む目的での膝枕だが、大人びたルエラが強請るのは珍しく、つい承諾してしまった。くすりと笑みを零すルカは、すいっと横に手を動かす。風系統魔術 浮遊で手元に来たのは異能についての書。嘗て自分が書いた論文を纏めた書物だった。
空に浮かせたまま頁を捲ると、望んだ頁で止まる。ー--これだ。
異能に関しては、知られていることがあまりにも少ない。何故なら持っている人数が少なく、持っていても使用方法がわからず宝の持ち腐れ、わかっていても特別な力に溺れ、自滅することが殆どだからだ。ルカが側にいるルエラや、現在は昏睡状態に陥っているが、兄を助けてきたというクリスティーナが例外と言ってもいい。
開いた頁の最後には、簡単に記されている。
『異能は意図せず膨大な魔力を消費し、足りなければその生命力すら無意識に使用しなければ行使できない。命をも蝕む力である』
これを記した時、自分は何を思っていたんだか。ルカは深く溜息をついて目を閉じた。
待てど待てど、来ない。
ベッドの上で胡坐をかくクリスティンは、焦りと困惑で勢いよく振り上げた手を枕に叩き込んだ。
皆が寝静まった頃。確かにルカはそう言っていた。だが予想していた時間になっても来ない二人に、自分が間違えただろうかと不安になったが、屋根裏にいた影たちに確認しても、同じ内容で記憶していたのでクリスティンは間違えていない。
ー--どうしよう。
影を迎えに行かせようにも、ルカたちが何処へ行ったのか聞いていなかったし、転移魔術を使っていたせいで後を付けることすら適わなかった。なんだったら住まいに至っては魔術協会すら把握できていない。詰んだ・・・とベッドに倒れ込む。
すると、突然視界が歪んだ。いや、正しくは空間が、だ。
「え!?」
「あ、やらかした」
どういうわけかクリスティンの真上に転移してしまったルカと、ルカに抱えられたルエラがヤバいと焦りを顔に出して唐突に姿を現す。ひえ、と小さく悲鳴を上げたクリスティンは逃げようにも距離的に間に合わないことを察して頭を腕で守って固く目を閉じた。
「・・・・・・」
衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、ルエラの翠の瞳と目が合った。浮遊の魔術陣を背景に、ふよふよと浮かんでいる。流石の魔術展開速度だった。
「・・・・・・えっと」
「ごめんね、遅れてしまって」
悪びれなく床に着地したルカは丁寧な動作でルエラを降ろす。状況が読めていないクリスティンに、きっちり九十度腰を折って謝罪した。
「すまん。寝過ごした」
「え、あ、そうなんだ。寝過ご・・・寝過ごした⁉」
「いや~・・・子供体温って恐ろしい・・・」
「私が膝を借りていたのが悪いですが、師匠は仮眠を取るにしても座ったまま寝るのはよしてください。身体を痛めます」
「いや、問題はそこじゃないよな⁉」
こっちが重大な問題を抱えてるってわかっているのにまさかの寝坊⁉
批難の視線も何のその。ルカはにっこりと笑って手を叩く。
「じゃあ、『土人形』で君の身代わりも作ったことだし、さくっとディーウェスに行こうか」
「え、・・・・・・・え⁉」
土系統魔術『土人形』。他系統の魔術にも似た物がいくつかあるが、文字通り、身代わり人形を作る魔術である。
動く者を複写する水系統魔術『水人形』とは異なり、動かない身代わり人形としては基礎となる魔術だ。
今回、寝入った状態のクリスティンに模した人形なので土人形なのだろうが・・・その人形の精巧さといったら、言葉を失うほどだった。
土人形は模写する対象に似せることはできるが、水人形と違って肌の色や存在感に違和感が生じることがある。元から色があるから肌の色に関しては仕方のないことだが、存在感に関しては所謂ビスクドールのような硬質さがどうしても抜けないのが難点だ。それが、ルカの作った土人形には見られない。今にも動き出しそうな肌質感すらある。
「土人形の表面を水の膜で覆っているんだそうだ。そうすれば肌質の違和感が無くなるのだと」
「・・・・・・そう、なのか」
内心を察したルエラが水の球を出しながら説明する。唖然としてしまって感動すら出来なかった。
「ユリシーズ様は・・・すごいな・・・」
「・・・・・・・」
何をいまさら、と胡乱げに見られるが、屋根裏にいた影たちはクリスティンの気持ちがよく分かった。
天才の完璧主義、ヤバいな・・・、と。




