12話
クリスティンの話には一つ不可解なことがあった。
「皇太子殿下。それは、私の質問に答えたことにならないよ」
ルカは笑顔のまま、しかし瞳に剣呑な光を宿して問い詰める。
「私は、何故入れ替わりなどしたのか、と問うたはずだ。何故共に来なかったのかとも。その答えは如何した」
「・・・その、異能が、問題なのです」
クリスティーナの夢は、基本的に自分ではなく、他者に関わることに限られる。最も多く予知の対象になっていたのは血を分けた兄弟であるクリスティン。次に両親の国王夫妻である。
今までは家族に限定して未来視を視てきたことから、国民はおろか側近にすら異能を持っていることは露見していなかった。
その状況が変わったのは、クリスティーナが夢から目覚めなくなったからだ。
「目覚めない? 異能が原因で?」
「そうだ。ティナは白昼夢のような形で未来視を視ていたようだが、一昨年の夏ぐらいから、寝ている時に視るようになったと言っていた。・・・それを境に、どういうわけか中々夢から覚めず、寝たきりが続くようになるには時間はかからなかった。医者にもかかったが、原因はわからず、先月からは、一度も目覚めていないんだ・・・」
悲痛な面持ちで俯いてしまったクリスティンに、ルエラはどうしたものかとルカを仰ぎ見るが、当の師匠と言えば、腕を組んで考え込んでしまった。
「異能による副作用・・・違うな。・・・未来視・・・夢・・・これは対価か」
「師匠? 随分大きい独り言ですが大丈夫ですか?」
ルカの顔の前で手を振るが、既に思考の海に潜ってしまったようである。肩を軽く叩いたり、揺さぶったりしたが反応はない。こうなった師匠は暫く放置するしかないと、ルエラは諦めて着席した。
一連の行動を見ていたクリスティンは、ルエラの遠慮のない接し方を見て戦々恐々とする。なんせ、ルカと言えば希代の魔術師。国一つを簡単に滅ぼす程の規模を誇る、数十人で行う儀式系魔術を一人でポンポンと連発する偉大な大賢者なのだ。対応に慎重になってもいい相手のはずだが、弟子として長年一緒に暮らしているとなれば話は別なのだろうか。
「君、あのユリシーズ様に対して容赦ないな・・・」
「師弟だが、家族でもあるからな。遠慮していたら関係も上手くいかんだろう」
「うん、君、本当に十歳か? 年齢詐称してないか?」
「失礼だな。どこからどう見ても十歳の見た目だろう」
「見た目を無視したら、年長者と話している気にしかならないんだよ」
「ふむ。褒められたと思っておこう」
軽い調子で交わされる会話に、成程、頭の良い子だと感心する。
言動は慇懃無礼だが、勤勉な性格なのは見て取れた。今もぶつぶつと考えを高速で纏めている師の言葉を聞き漏らすまいと、お喋りに興じながら視線と耳を傾けている。それに師であるルカを尊敬し、大切に思っていることは声音を聞けばわかった。
クリスティンが大賢者ルカ=ライデン・ユリシーズの事を聞いたのは、十歳になる前の頃だった。
十三歳という幼さで魔術協会の大本山の門を叩き、最年少で入会、一年で当時、名立たる年嵩の魔術師たちの実力を早々に向き去り、更に新しい魔術や魔道具に着手し、全てにおいて他に類を見ない成果を上げてきたという希代の魔術師。
その彼の話題が耳に入ったのは、ある内容が魔術協会に激震を与えたからだ。
曰く、魔術協会を出て魔術を極める旅に出る、とー--。
魔術協会は、それはもう全力で、猛然と止めた。
教会始まって以来の天才にして最年少で大賢者と呼ばれる手腕。天才にありがちな傲慢さや神経質さは持ち合わせておらず、寧ろ穏やか過ぎる気質で神経質な教授職にある魔術師とも円滑に交流することが出来る、稀有な人格者。そんな人材を手放してなるものか!と上から下を巻き込んでの大騒動となり、結果、魔術師たちは説得に時間を取られ各国からの依頼を放棄しがちになった。詰まる所、ルカ一人の為に行政が停止してしまったことが皇太子として勉強に励んでいたクリスティンの耳に入った、というのが顛末である。
結論を言えば、ルカは教会から席は抜いたものの、年に数回顔を出したり論文を提出したりなどの交換条件を飲んで自由を得たのだった。
当時は騒動の原因と理由になんてはた迷惑な、と各国の貴族たちは口を揃えて批難したが、王族がこれまでの実績を考慮したうえで、ルカの考えを後押ししたことから鎮静化された。居場所さえ定期的にわかっていれば問題ない。これからも魔術師として成果を上げてくれれば御咎め無し、というのが王族の結論だったそうだ。
クリスティンは話題になったルカの事が気になり、彼が書いた論文や魔術陣が記載された本を取り寄せ、読破した。そして崇拝者になったのはあっという間で、クリスティーナが苦笑を漏らしたほどだった。
その崇拝する大賢者ルカ=ライデン・ユリシーズ。彼が下す、クリスティーナの昏睡の原因が知りたかった。




