10話
クリスティン・ウィル=ディーウェスにとって、ルカ・ライデン=ユリシーズと言えばまさに雲の上の人。少しでも魔術をかじる人間ならば、一度でもいいから言葉を交わし、教えを請いたいと願う魔術の神のような人。
そんな神のように崇めるー--詰まる所推しー--ルカが目の前にいるー--しかも呆然としている間に、当人に紅茶を淹れてもらうという蛮行を行ってしまったことにクリスティンは震えながら座るしかなかった。実のところ身分的にはクリスティンの方が上だし、寧ろルエラに対するおさんどんが身についてしまっているので、当然の行動だと思っている。崇拝感情とは時に考えを麻痺させる危険なものだな、と同じく崇拝するルエラはクリスティンの気持ちが痛いほどよくわかった。
「そろそろお話、いいかな?」
「ひゃいっ⁉」
「・・・・・・取って食ったりしないから、落ち着いて」
「師匠、崇拝者に落ち着けとは無理難題です。気にせず話を進めましょう」
「崇拝者って何・・・」
さくさくと進行を促され、困惑しながらも、咳ばらいを一つして本題に入る。
「えーっと、クリスティン皇太子。単刀直入に聞くけど、何故女性限定の聖女候補に、妹に変装して紛れているのか、聞いてもいいかい?」
びしりと聞かれたクリスティンが動きを止めた。
「あ・・・あの、そもそも、化粧で誤魔化しているとはいえ、よく僕が皇太子のクリスティンだとわかりましたね・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・うん。まあ、魔力量とか、色々と、ね?」
先程変態呼ばわりされたことがトラウマになっていたので,目を彷徨わせながら言葉を濁す。だが、崇拝者であるクリスティンからすれば、何か秘匿されている特別な魔術を使ったのか、それも自分に!と盛大な思い違いをして歓喜した。
「そ、そうなのですね!! えっと、なんと説明すればいいのか・・・。話が長くなるのですが」
「いや、皇太子殿。出来るだけ短くしてくれ。防音結界を張ってはあるが、そろそろ夕餉に時間だろう。人が来てしまう」
「お、おぉ・・・しっかりした女の子だな・・・。承知した」
クリスティンは少々、皇族らしからぬ人格の持ち主のようだ。ため口で接しても文句も言わず、どちらかというと口調も市井の男と話しているようだ。ルエラの疑問に察したのかクリスティンが苦笑交じりに頬をかく。
「俺の母親は一応伯爵家の令嬢なんだが、お転婆な人で、よく領地民に交ざって畑を耕したり魔物退治をしてたりしてたんだ。それが皇帝である父の好奇心に触れたんだろうけど・・・皇后になってからも性格が落ち着くことはなくってな。そんな母親に育てられた俺やティナ・・・クリスティーナもこんな性格に育ったってわけだ」
「ほお・・・ついでに聞くが、皇太子であるあなたがここにいて、本来の聖女候補である妹君はどこにいる?」
「・・・・・・お前、見た目を偽ってないよな? 年上と話してる気分になる・・・」
「うむ。十歳だ」
「想像よりもっと幼かった・・・っ」
衝撃な年齢に愕然とするクリスティンに、強制的に本題へと修正にかかる。
「それで、結局皇女はどこに?」
「・・・あー・・・妹は、国に残って俺に変装して・・・公務をしている・・・はず、です。多分」
「なんでそんな曖昧なんだ。口籠っているし。そんな入れ替わりをするんだったら、一緒に来たら無駄がなかったろう」
何を言い淀む必要があったのか、ルエラが突っ込むが、ルカの解釈は違ったようだ。
「本当のことを話していないよね、クリスティン皇太子。君、妹君の行動を把握できていない、或いはその時々によって取る行動が違うから、断言出来ない、とか?」
例えば病気、とかね。
不気味なほど怪しげな笑みを浮かべる。
クリスティンは、ぞくりと身体を震わせ、怯えた表情を見せた。
「な、なにを・・・」
「幼い頃から帝王学を学び、国同士の、それこそオノールとの過去の確執や現在の関係を口煩く言われてきただろう皇太子である君が、こんな愚行を犯すとは思えない。聖女候補となった妹君が来れない事情が、あるんじゃないのかな?」
問うような物言いだが、声音ははっきりとしていて、確信を持っているようである。既に答えを知っているのだ。
「もう一度問うよ、クリスティン皇太子。妹君、クリスティーナ皇女は、どうした」
その声は、強制力を持って、クリスティンに突き付けられた。




