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9話

大教会の居住区、その貴賓室が、ディーウェス第二皇女、クリスティーナに振り分けられた部屋だった。聖女選定の儀式参加者とはいえ、一国の皇族を招いているのだ。その対応は他の候補者と比べても圧倒的に丁寧で好待遇である。

しかし好待遇なのは身支度を整えたりする際の侍従といった、皇族ゆえに一人では熟せない事へのフォローといった面が大きい。流石にあからさまな区別は、「皆平等に接するべし」という協議に反するのだろう。現に、部屋の中にはクリスティーナが一人、ソファーでぐったり座り込んでいた。

治癒魔術は他の属性魔術と比べて魔力消費が大きいことは知っていたが、これを連日行使しているのだ。そろそろ肉体的な疲労が睡眠だけでは抜けなくなっている。

ふうー、と肺の中の空気をすべて吐き出す勢いで深く息を吐く。足を行儀悪く大きく開き、後頭部に一つに結わいていた鬘の髪を解き、がりがりと頭を掻く姿は、だれがどう見ても躾の行き届いた皇女とは思えないほど荒々しい。

クリスティーナに、突如声が掛けられた。


「君、正体を隠す気ある?」

「師匠、誰もいない個人の部屋の中なら問題ないのでは」

「わからないよ? 大教会も一筋縄ではいかない伏魔殿だしね」

「・・・仮にも聖女候補の前で言いますか」


そんな、のんびりとした応酬に、ぎょっと飛び上がったクリスティーナー--妹に変装したクリスティンは距離を取りつつ、スカートの下に隠し持っていた短剣を掴み鞘を抜いた。


「何者だ・・・? どこから入った!」


警戒を露にするクリスティンに、ルカは手探りの仕草をする。

なんだ、と胡乱とするが、答えは背後から現れた。紙で作られた人型が、ふわりと空を泳ぎ持ち主の手の中に納まる。


「救護している君に、東方に伝わる術の一つ、式を着けさせてもらった。それを軸に転移魔術を使用しただけだよ」

「転移・・・? 馬鹿な、あれは一人で行うには膨大な魔力が必要で、制御も難しいと言われているのに・・・」


呆然とする様子を見ながら、くるりと指を回して音を遮断する結界を張る。その横でルエラが空間魔術で収納していた茶器を茶葉を取り出してお茶の準備を始めた。


「初めまして、クリスティン皇太子。私はルカ・ライデン=ユリシーズ。この子は弟子のルル・シエラ=ヘリオトロープ。無作法で申し訳ないが、話があったのでお邪魔させてもらった」

「口調、かしこまらなくて大丈夫ですか」

「私は国に属していないからね。遜る必要性を感じないな。私に喧嘩を売る国家は存在しないしね」

「滅ぼされたくないでしょうしね」


誰が好き好んで現代最強と称される大賢者を相手取るというのか。下手をすれば一晩も持たずに一つの国が滅亡の一途を辿るのは目に見えている。

滅ぼす・・・と復唱したクリスティンは、はっと我に返って短剣を下した。


「まさか、かの高名な大賢者ユリシーズ様ですか⁉」

「うん。・・・て、ちゃんと名乗っただろう・・・」


基本的にルカは、数々の実績や実力から、恐れ多いという理由で滅多に名前で呼ばれることはない。それこそ王族、皇族に名を連ねる者たちよりも頑なに避けられているだろう。例外は直弟子であるルエラや古い友人たちぐらいだ。

にっこり笑って着席を促す。ついでに紅茶を入れようとしていたルエラにも座るよう指示を出して水魔術と火魔術で作った熱湯を茶器と茶葉の入ったポッドに注ぐ。


ー--飲めればよし、と雑な考えで淹れられるルエラの紅茶は恐ろしく苦いのだ・・・。

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