672.5 手記35
歩道橋から、流れていく景色を見ていた。
時を超えるみたいなその景色を、血の繋がらない弟は無邪気に喜んだ。
「かっこいいね!宗ちゃん!」
そうだろう、と応えられる俺はもういない。
「そろそろ帰ろうよ」
あの日、温いペットボトルをくれた君は、きっと俺を忘れてしまっただろう。
その温もりを、俺はずっと忘れられずにいるのに。
「宗一郎君!!」
歩道橋の下から声がした。
「あッ……部屋にいなかったから……散歩かい?」
息を切らすその肩に、返す言葉が見当たらなかった。
「俺っ、……この辺に住んでたこと在って、行きつけの場所があるんだけどどうかな?」
そういう台詞を、かつて誰かに言った気がする。
その時の輝きは、今も自分の中にあるのだろうか……
「この高台さ、夕方は夕陽が綺麗なんだよ」
オレンジの夜景が広がっていた。
あのひとつひとつに、かつての自分のような暮らしが、輝いている。
「知ってます」
好きな場所だった。
歩道橋で時を超えて、この丘で夢を語った。
君はいつも、俺たちを早く帰したがったけれど。
「下のおかーさん待ってるじゃんっ早く帰ろー」
待つ人はいない。
「宗一郎君」
それでも、誰かが待っていてくれることを覚えていたいのだろうか……
三島さんがくれたペットボトルはあの日より熱くて、喉の奥が焼けるように痺れた。




