650
ロンドンの月……HyLA-Eighthの地下基地の一角に、作られた小さな私空間。
「ミカちゃん、気をつけてね」
「ハイ!」
アタシはふわふわのコックピットを駆って、本棚の間を飛び回っていた。
家にある本が全て在った。
見知らぬ、けれどまるで、友人のような本たちも……。
「空いている場所には、好きな本を並べてね」
……好きな本——。
そんなの、たくさん出会うだろう。
この世に誰かの意思がある限り。
——本は人だ。
誰かの想い、暮らし、それから……手紙。
「小松さん、本当にここ、アタシが使っていいんですか?」
「気に入った?」
そして、歴史。
「幸子ちゃんの提案なのよ」
そして、武器だと幸子は言った。
……アタシの新しい武器。
「お礼でもあるのよ。Eighthのスタッフからのね」
「お礼なんて……」
分かってる。……みんなが頑張っている。
でもこれは世界からの期待でもある。……そう思っていいのだろうか。——幸子の言葉を反芻する。
「ワープは一方通行なの、扉を発現させて、Eighthのワープスポットから帰宅してね」
「わかりました」
エリカさんや、マーガレットさんと会うかもしれない。ミシェルさんやエミリーさんや……マックスとも。
「没頭するのはいいのよ。でもずっと一人でいては駄目。いいわね?」
暗い夜空に、明るい月が浮かんでいた。
◯◯◯
「月ってロマンがあるよね」
「そうだね。でも急にどうした?」
弟は、たまに月を見上げる。
いつからかはわからない。
けれど、アタシも同じ月を見上げてしまうのだ。
良い夜を、と願いながら。




