624.5 手記31
プシュ!……と炭酸がオーバーフローする音色が聴こえた。
扇風機がジリジリ動いている。
旧式のためか、時折止まっては、思い出したように首を振る。
空調機能が充分じゃ無い。
排水ホースに異常があるんじゃないかと思った。
「わっ!お兄ちゃん!ごめんね!!」
昔の、シュウジとみっちゃんみたいな子どもたちが、紅潮した頬でビー玉ソーダを片手に、俺の前で転びそうになったのを支えると、みっちゃんみたいなほうも兄弟だか友人だかの粗相に会釈した。
「……いいよ、大丈夫」
子どもたちは笑って、夕方のアニメを観ようと、ブラウン管の前のベンチに陣取って楽しそうに笑っている。
「宗一郎君、はいコレ、鍵」
青いスプリングゴムが付いた銀色のカギを受け取る。
——変わってない。
何も変わらない匂いが遠いような、つい昨日と同じ感覚にも思えた。
脱衣所の、奥から三番目のロッカー。ナンバー18。スッと開くこのロッカーに当たると、その日はいい夢が見られるような気がして嬉しかった。
……それを店主が覚えていたのだろうか……まさかそんな筈は無い。
「俺は変わった」
「ん?」
風呂でもサングラスなのかよ……
「何でもないです」
「そっか、先に行ってるよ」
三島さんは慣れた手つきで、アルミサッシを開けてさっさと浴場に行ってしまった。
あれだけ通い詰めた大浴場を前にしても、服を脱ぐのが億劫だった。
ため息をついて、カランを回す。
「……懐かし」
ジョバジョバと音を立てるお湯は黄色いプラの桶に跳ね返って、体に温い湯がかかった。
「温……」
だけどそれが、心地よくて、目の奥が熱くなってくる。
懐かしいシャンプーの匂い。
懐かしい湯気。
水色のタイルに、光が反射していた。
とろとろと流れる吐水口の近くにザプ……と入り込むと、自分が少しいい自分になれたような気がしてくる。
……そんな資格は、きっと在りはしないのに。
「気持ちいいよね」
「まぁ。……浮いてますよ、サングラス」
「えっ、そう???」
やっぱそうか……などと言いながら、三島さんは気分が良さそうだった。
……こんな資格、在りはしない。
何故だかそういう気持ちが常にどこかに在った。
それでも、こうしていると思い出す。いつも笑顔だった自分のことを。
「風呂から上がったら、瓶コーラ飲むだろ?」
「……ビー玉ソーダ……に、します……」
現か分からないままに、声に出す。
「好きだね」
「別に……」
好きだった筈だ。コーラも、ビー玉ソーダも、今ここに在る自分のことも。




