600.5 手記29
二階から、アサガオの蔓が降りて来ているのが見えた。
突き刺すように真っ青なアサガオ——。
いつだったかシュウジが掛けていった青い風鈴が窓辺に揺れている向こう側。
夏が始まった日差しと、淡い水色の空。
俺は起き上がりもせずに、ただ遠くを見ていた。
「プールとか行かないの?」
白いパーカーのサングラス男のパーカーは、気温の上昇と共に、だんだんと袖が短くなっていた。
「行ってないですから、学校」
「俺も行ってなかったんだよね。大学とかさ、専門学校とかさ」
レイダー二号機の模型は着々と出来ているように見えた。
「……ならどうやって……機関に入ったんだよ……」
「コネだよ」
失礼な独り言に、律儀にそう言って三島三朗はいつも微笑んでいる。
「あるんだ、そういうの」
「実力不足が身に沁みるけどね……できた!」
「……だから、機体に対しジェネレーターが小さすぎるんだって……どんなエースパイロットを乗せるんだか知らないけど、そもそもジェネレーターの構造から直さないと、水素高炉がオーバーヒートするか最悪爆発を起こすんで、その仕様じゃ無理です、また」
「やってみなくちゃ分からないじゃないか」
やってみなくても分かる。
確かに、レイダーの基礎仕様は良くできている。――エース級の搭乗者に経験を積ませて、血脈までコントロール出来るように繋がることが出来れば……この上無い脅威になるだろう。……だが、途方もない労力が必要だ。
現実的ではないことを、……夢物語のようなことを、諦めずに続けるパーカーサングラス男が、いつか見た誰かの姿に重なり、胸が苦しくなる。
爆発音と共に、四畳半が半壊する。
「だから言ったじゃないですか」
「でも、爆発の規模は小さくなってるよ」
防音も完璧な父の残したこの部屋は、ゆっくりと元の姿を取り戻していく。
この挑戦は、ごく近所の人々にも、聡い二階の弟にすらも、誰にも気づかれはしないだろう。
「ホーリーチェリーをどうにか出来るとも思えない」
一度きり、乗った感じの出力レベルでは、IOP消失を止められたとは到底思えず、気持ちを保つことは到底出来なかった。
「無駄なんですよ、全部」
「……そうかな?」
パチン、パチン……とニッパーの音が変わらずに響く。
「その時はその時。そんな感じでどう?純粋に楽しいしね。つくることってさ」
「……なんで……止めないんだよ……」
アンタは……——俺自身は————
「宗一郎君……これ——」
四畳半に、わら半紙が散乱する……——
「君が、……書いたの?」
幾夜も、呻くように、吐き出すように。……想いを——……
「手書きなんて……でもこれ——これなら——……ありがとう、宗一郎君」
Hydro-ray-der——過去を追うことを止められない俺の……これは——
「これは……人類の希望になる」
誰かの声が、遠くで響いていた。




