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薄明のハイドロレイダー  作者: 小木原 見縷菊
魂のフォーギヴン……——憧憬ラテラルスケッチ
572/749

540.5 手記24

「あぁ……日本の風呂というものはいいもんだ」


 台詞せりふめいたことをつぶやいて、涙があふれていたことに気づいた。


「……あれ?」


 銭湯の湯舟に、改めて肩までかる。


 ざば、……とお湯があふれるけれど、まさか温泉なのか……わからないけれど、大理石のようなつるつるの石の隙間から、かけ流しのようにお湯が流れていた。


 涙をごまかすように、ちょうど良い温度の湯に深くかって、大きく呼吸する。


「循環してるんだな……」


 わけのわからないことを言っても、誰も聞いてはいなかった。


 それぞれが、背中を洗ったり、水風呂に入って宙を眺めたり、電気風呂で足を伸ばしたり、自分を見ている人は居ない。


 風呂の湯気にでもなったみたいに、そこに自由に揺蕩たゆたってサングラスの下で涙を流す。


 ……誰かにかれたら、汗だと言えばいい。


 ステンレスサッシの上に掛けられた丸時計は18時31分を指していた。


 ……いつのまにか、時が過ぎている。


 前を向いてきたつもりで、俺が為したものはなんだろう——。


 何度も、ハジメ兄と寄りかかった青いタイルがめられた石の湯舟。ひとりでここに来られるほどに、時は循環している。


 気持ちも、辛さも——。


 ……——悲しいわけじゃなかった。


 ……笑顔も思い出せる。


 ——安堵あんどなのか、惜別なのか、涙が止まらなかった。


「ハァ……もうちょっと早い時間に行くつもりだったのにな……もう夕飯食っちまったかな……」


 涙を、止める努力はやめてもいい。


 そう思ったら、目が熱くなってきたけれど、次第に頭が楽になってきた。



 息をどこまでも吐いた。


 …………………


 …………


 ……


 ……


 ……



 ……



 カラカラとサッシが開く音が、どこかでしている。


 子どもの歓声。


 ……銭湯が嬉しいのだろう。


 湯煙の中で涙は、いつの間にかすっかり止まっていた。

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