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風と緑のカフェラテは、大地の香りがした。
ミモザがそよいで、隙間から木漏れ日が降りて来る。
後を追うように、ミルクの香りが昇ってきて、心をふわりと包んでいく。
「おいし」
「ありがと」
柔らかな光と風の中で、普段は言えないセリフが自然と浮かんで来る。
カリカリを食べ終わった楓が、アタシの春色デニムによじ登ってくる。
「いい気持ちだね」
顎を撫でてやると、楓は気持ちよさげに鳴いた。
「なんか……姉、姿勢良くなったね」
「ん?」
弟はだらんと足を投げ出して、きらきら光る池を眺めていた。
「そう?」
地道に体幹トレーニングをやっているからだろうか。
その言葉が少し嬉しかった。
「ありがと」
「ん」
昔みたいな空気、だと思った。
何も起こらない、小さい頃の。
「なんか懐かしいね」
母もふいにそう言った。
「そうだね。コーヒ、おいしいね」
「ん」
ただ日差しが——陽だまりがあったかくて、風が気持ちよかった。
特別な会話なんてなくても。
「饅頭食べよっか」
「ん」
あの日と同じ筈の餡の味は、不思議とそんなに甘くなくて、でも程よく心に沁みた。
「おいし」
「おいしいね」
アタシはなぜかあの日と違っているようなこの味もきっと、いつまでも覚えている。
「カフェラテに合うね」
そんな気がした。




