516.5 手記22
ヒトの組成は、およそ半分が水分。その他、たんぱく質、脂質、いくつかの有機物と無機物で出来ている。
だいたいの配合は同じ。……——同じ筈なんだ……。
俺はにじり口から出て、エリアBの仄かに光る、灰色の通路を歩いていた。
通路内にタンッ、タンッ、とタクティカルブーツの足音が響くのは、通路に足音が響くほうが雰囲気として格好いいではないかという、特務機関メンバーの遊び心だけど、知らない足音を警戒する鍛錬のためでもあるのかもしれない。
カツカツカツ……と、向こうできっといつもの赤いパンプスの音を響かせているのはリエナさんだと思う。
俺は、みんなの足音を避けるようにして、強化アルミの緊急避難梯子を登って、エリアBの屋上に出た。
屋上には、いつの間にか緑が植えられていて、ちょっとした公園のようになっている。
四方を海に囲まれたエリアBは、施設に沿って埋め立ても行われていて、島のようにもなりつつある。
小鳥が囀り、……あれは、日本のウグイスかもしれない。
「のどかだなぁ……」
いつの間にか設置されたベンチに座って背中を丸める。
——俺ではブレイズレイダーに乗れない。
結果はもう出ていた。
特務機関の機智と人材、あらゆるシステムを活かせば、適合者はすぐに見つかるだろう。
俺ではない誰かが、きっとこの計画を成功させるのだ。
「塩大福……食べたい……」
「これでもいい?」
白衣を青い風に靡かせて、小松さんが緑の下で微笑んでいた。
「き、聴こえてました」
「ごめんね、でもこれも美味しいわよ」
小松さんはたまご型のお菓子を俺に手渡すと、隣に座った。
……うまい。ふんわりしたたまごの風味が香る、白餡が、俺の心を解いていく。……ちょうど、潮風の塩気が、餡の風味を引き立ててるみたいだった。
「私も食べよっと」
「小松さん、毎日食べてますよね」
「ギクっ!だって美味しいんだもん」
ははっ、と微笑むと、彼女も微笑んだ。
「……みつかったわ」
日常の延長のように、彼女はふんわりとそう言った。
「そうですか」
俺もそれを日常のように受け止める。
「どうする?……誰が行ってもいいのよ。失敗する可能性が高いわ」
「説得できないってことですか?」
「初のデータ上の適合者は中学生みたい。行っていればね。雨沢博士の息子さんよ」
「雨沢光一郎博士の?」
国連科学開発省環境開発部派生特務機関に及ぼすAId研究開発においても、数々の功績を収めた雨沢博士の息子……。俺と同じ、IOP消失遺族——。
「幸か、不幸か……ですね」
「そうね。カフェオレも飲む?」
「いただきます」
小松さんから水筒の蓋をもらって、あったかいカフェオレが注がれるのをゆっくりと待つ。
これは機会でもある。失われた過去に報いるための。
ただ、それを万人に強いることは出来ない。
水筒の蓋をふぅと吹いて、カフェオレを飲むと、心がクリアになっていく。
……それでも。
「俺が会ってみます」
「……そう」
ただ、そう思った。
「博士の息子さんなら、きっと俺より凄いんでしょうね」
自嘲の思いもある。だけれど、若さが人の価値を決めるものではけして無いと、ハジメや仁花の生き方から俺はそれを知っていた。二人はいつでも俺に対等だったから。
「新しいレイダーの製作も急いでいるわ。無理はしないで。させないとは思っているけれど」
「えぇ。ごちそうさまです」
カフェオレを飲み干して、水筒の蓋を返す。
「あとで、雨沢宗一郎君の詳しい情報を渡すわね」
「ありがとうございます」
この奇妙な巡り合わせに、答えがみつかる気がしていた。




