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開けてはいけない匣が、目の前にあるとする——
そこには、理想の宝石が入っているかもしれないし、地獄の苦しみの始まりかもしれない。
その誘惑はただただ甘美で、触れようとしては恐ろしさに手を引き戻す。
——神と俺の秘密の金庫の片隅に、その匣は無造作に置いてある。
レッドゴールドの美しい小箱——。
特務機関長官室には月夜を想わせるメロウなジャズがいつも流れていた。
「開けろよ、ライ。鍵はかかってない」
「どうしたんだ、神この時間、お前はいない筈だ」
「……その予定だったけどね。予定が変わったんだ」
部屋の隅に無造作に置かれたクレートから酒瓶を取り出して、本棚に隠したグラスを取り出すとお前はデスクの上に座った。
「椅子に座れよ」
「嫌だね。ライ。今日は悪いことをしたい気分なんだ。君も飲めよ」
ミードに始まり、世界中の美酒が無造作に集められた部屋で、俺は安いバーボンを煽る。
「最高にいい気分だ」
お前の、そういう台詞を聞くために。
「お前には権利があるよ、ライ」
「……そんなもんはねぇ」
俺は相応しくない。
けれど、逃げてはいけない気がしていた。
「開けろよ、ライ」
いつのまにかデスクに置かれているレッドゴールドの匣。
それは遠い昔に人類が欲した果実のようにも見えた。




