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「やぁ、遅かったじゃないか」
夜の一人きりの海は怖かった。
得体の知れない忘れられた珊瑚も白い骨みたいに不気味だったが、そこに神がいるだけで、特別な景色になる。
でかい満月が、やたらに美しかった。
「座れよ」
血塗られたコートはすっかり乾いて、月を映す海の上に浮かんでいた。神が考案した撥水加工された衣類は、水面でピクニックをされる時に使われている。
「狭い」
「まぁ少しゆっくりしようよ、ライ」
潮の香りがした。
温度のない筈の神の背中から、ゆるやかな熱を感じる。
凪の世界……。
預ける資格のない背中を、神に預けて。
ただ暗い水平線を眺めて、時々海が光る。
こんな俺が生きていてもいいのだろうか。
「来たかったんだ。ここに」
神は月を見ている。その視線を追わなくても分かる。
「結局いつもと同じじゃないか」
「まぁね。好きだからさ」
俺には分からなかった。
神の好きなものも、その理由も、知ろうとしなかった。
「どうして忘れちゃうんだろうな、人は……大切なコトを。こんなに美しい場所が在ったことを、歴史の片隅に追いやってしまう。ねぇライ。僕は全部覚えていたいのに」
「忘れられた景色なんてひとつも無いんだろ。お前が言ったんだ。今ここにある海も、空も、星も、あの気味が悪い化石も、全部それ自体が自分を覚えている。ずっと。それでいいだろ」




