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「着替えもしないのか」
エアバイクを運転しながら、神は笑った。
「いいんだ!今夜はもう誰にも会わないし!!」
血塗られたコートを羽織り、海の上を軽快に飛ばす神は、映画の主人公にでもなったみたいに月下で光って見える。
神は、自分の体をホログラムにすることで、痛みを根絶した。
残っている本物の体は、心臓と頭のみ。
大きな犠牲と引き換えに手にしたものが、この夜の海の景色だというのか……。
「リアルだろ」
血のりがやけに生々しく、服を湿らせていた。
「もう、血の温かさなんて忘れてしまったけどね」
神の微笑みを見るたびに、俺の心は硬くなっていく。
いつのまにか、傷つくことすらなくなって、ただ神に起きていることを自動的に受け入れる。
ただただ、重い鉛がじわじわと広がっていくように。
そしていつか、動けなくなるのだ。
「神!なぜエリアZに!?」
イルカみたいに、並んで進んでいた筈の距離が空いていく。
波の合間を縫って、彼方へ……
冷たい雫が頬を濡らす。
「ただの興味だよ!!!」
楽しそうな声が、月を反射する。
「行ってみたいんだ。どうしても!」
どうしても行きたい景色。
痛みがないはずの俺は、行ってみたい景色が無いことに心臓が鳴った。
どうして神はそんなふうに笑って進むことが出来る……。
「神!」
名を呼んでも、その姿は遥か波の向こうで跳ねただけだった。




