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「ライ」
いつも傷だらけのお前は、俺の部屋で時々、月を眺めた。
「誰にも尾けられなかっただろうね?」
神が窓辺で金色の液体を揺らすと、氷の音が冷たいグラスをカラカラと鳴らした。
「俺は別に……」
神の味方で在りたい気持ちと、そんなこと許されないと思う自分の過去。
「秘密だからこそ楽しいじゃないか」
蜂蜜みたいな金色に酔い、神は楽しそうに笑う。
「僕とライは二課のただの利害関係者。秘密のね。僕が囮を楽しんでいるからこそ、君が自由でいられる。僕の目的のためにね」
秘密の関係。あの雨の日から。
「君の瞳は、月みたいだな……ライ」
神の黒い瞳。
ビー玉みたいなただ真っ黒な瞳は、月を視る時だけ輝いた。
「君も飲むだろ?これはね、人類が作った最初の酒だ」
蒼い、琉球グラスに注いだそれは、宵の空に浮かぶ月のように見えた。
甘苦い香り。
増えていく傷に、格好いいだろう?と笑うお前が憎くて、羨ましかった。
「神」
「ん?」
「……痛むか?」
新しい傷が。
「何言ってんだ、ライ。当たり前だろ?」
時折、確かめてしまう。神は俺と同じなのかを。
それが残酷なことだと、どこかで分かっていたとしても。
「それよりさ、秋の月ってなんで綺麗なのかな?ライ」
「なんでだろうな」
カラン、と氷が鳴る。
「調べておいてよ、ライ」
その応えを、伝える日が来ることはなかった。




