360.5 手記⑨
「花なんか、摘んでどうする」
「殺風景だったと思ってさ。……たまごのお菓子もいいけど」
特務機関の円盤を休憩がてら無人島に停めて、俺は野菊を集めていた。
「小松は旦那がいるぞ」
「ざ、残念……まぁ小松さんにもリエナさんにも、元気になってもらいたいしさ」
IOP消失以降、散り散りになった特務機関の現、作戦本部エリアB。
ブルーホール探索に出立する時に世話になった所長の小松さんにも、副所長のリエナさんにも、俺はその後何も連絡をしていなかったことに罪悪感を覚えていた。
二人とも、仁花の元部下で、俺に弟のように良くしてくれた……無意識に甘えてしまっていたと思う。
「あまり気にするな。ブルーホールからは連絡は出来ない。……今はな」
「どういう意味?」
「エリアBに行けば分かる」
煙草の煙を揺らしながらそんなことをいう拓海も、あの大量のおいしいお菓子は、エリアBの仲間への贖罪に違いない。
「まぁ、花はないよりいいだろ?可愛いしさ」
薄紫の可愛らしい野菊。
忘れられない想いを込めて、丁寧に集めていくと、なかなかに可愛らしい花束になった。
「使え」
「えっ何これ。拓海なんでロープなんて常備してんの?」
麻で編まれたロープを、花を傷つけないように丁寧に巻いていく。
「ロープはいくらあっても困らない」
「何それ、まぁ確かに」
完成した花束を、亜空間格納庫に追加する。
「これで大丈夫かな……ていうか、髪の毛、怒られそう」
不精して髪を伸ばしていると、仁花によく髪を切れと怒られたのを思い出す。
どこか雰囲気の似た小松さんとリエナさんは、もしかしてお小言を言うかもしれない……。
「そうかもしれないな」
白い清潔なシャツに、整えられた色素の薄いサラサラの髪……
「嵌めたな、拓海……」
「ちゃんと着替えろとは言ったが?」
「はっ!言われた!……言われたけどさ!」
なんとなく腑に落ちないけれど、行方しれずの気ままな旅と、こんな具合の再会が、もしかして俺には良かったのかもしれない。
「ま、いいか。会えるのが楽しみだよ」
気を取り直して、少し涼しく感じられる空を、見上げる。
太平洋の真ん中の無人島は、海の音がして綺麗だった。




