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薄明のハイドロレイダー  作者: 小木原 見縷菊
9月の月……——刻遺のクリザンテーム
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348.5 手記⑧

 山間やまあいの民宿のカフェの朝ごはんは、納豆ごはんと味噌汁、そして冷麺だった。


「うまい……」


 ツルツルと喉越のどごしのいい麺が、休暇で癒された体に染み込んでいく。


 食後にはホットコーヒーをいただく。


 早朝、少しひんやりとした朝に、少し薄めのコーヒーが、うまかった。


拓海たくみ、今日はどうするの?」


「さあな」


 俺の問いに、拓海たくみたのしそうにため息を吐いた。


 何も持たずに来た旅だったけど、ソーセージの燻製くんせいやチーズケーキ、南部せんべいを沢山買い込んで、ブルーホールに戻ったら食べたいと思っていた。


 俺たち……いや、俺だけかもしれないけれど……


 俺はこんを詰め過ぎていたと思った。


 目標タスク完了コンプリートしていくには、余暇がる。目標タスクを考えずに、他のことに浸る時間が。


 もちろん、がむしゃらに進んで来た時間は無駄じゃない。だからこその、今、身を休める時間だ。


 俺はコーヒーのお供に、バニラアイスもオーダーした。(しかも、自家製だった)


 うまかった。



 ✳︎✳︎✳︎


拓海たくみ、これどうするんだよ。俺たち食べ切れるかなぁ……」


 ハイエースの荷室一杯に、小さなたまご型のお菓子が並んだ箱を詰め込み、(俺の南部せんべいは後部座背に収まったからいいけど)尋常ではない菓子の量に俺は、ハハハとため息を吐いた。


「一箱……いや、気に入ったなら二箱は喰っていい」


 誰かにあげるのか……?


 辛うじてバックドアを閉めて、俺は運転席に乗り込んだ。


 まだ朝の気配がする山間やまあいの道を、海を目指して走る。


 名残惜しいような、満足したような、不思議な休暇だった。


拓海たくみ


 拓海たくみは窓の外をぼんやりと見ているようだった。


 ありがとう、心の中で俺は礼を言った。


 ✳︎✳︎✳︎


 仙台の駐機場に停めた特務機関の円盤に、菓子を詰め込んでいく。


 ……が、乗り切らない。


「これを使え」


 拓海たくみが投げて寄越よこしたボールペンは、前に特務機関が開発していた亜空間格納庫(イベントリ)だ。


「さっき使えば良かったのに……」


 ボールペンの軸をカチ、っと回転させるとホログラムモニターが現れて、映り込んだアイテムをイベントリ枠内にスライドさせていくと亜空間に格納されていく仕組みだ。


 俺は、例の菓子の箱を3箱だけ残してスライドさせた。


「二箱までだ」


「気に入ったんだよ」


 ドライブの合間に食べたホワイトチョコでコーティングされたその甘い菓子は、うまかった。


 ちっ、と言いながらも、拓海たくみはそれ以上(とが)めなかった。


あれを返してくる」


「待ってるよ」


 白いハイエースが遠ざかっていく。


 見上げると雲が流れていた。


 真っ白な雲が。


 つかめそうでつかめないそのひかりは、いつも俺の頭上を気ままに流れて、通り過ぎて行ってしまう。


 俺の手の中に残っているものは何だ?



 両手を見ても、そこには自分の頼りない手があるだけだった。



「お前が運転しろ」



 手の中に、缶コーヒーが置かれた。


 冷たい、結露けつろが手首に伝っていく。



「ナビはする。……というか、目的地は三島みしまも知っている場所だ」


 俺は、冷たい缶を、必死で握りしめた。

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