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「何にもいないね」
フィンヨンレイダーの神々しい白い光が、灰色の海を仄かに輝かせている。
「すぐ着いちゃいましたね。わ!何あれ!!」
弾んだ声のシュウジの目線を追う。
「ぎょっ!何アレ……!!」
コックピットに貼り付いて、モニターを凝視する。
「カニ……だろうな」
東京海底谷に静かに積もった細かい砂利の上を、トゲトゲした怪物が歩いている。
「イガグリカニだってさ。スゲー!」
通信機からリイヤの感嘆した声が入ってくるけど……
「こ、怖いよ!」
アタシは昔からカニが怖い。
特にこんな、トゲトゲしたやつは!!
も、もっとこうさ、丸く生きればいいのに……(泣)
「大丈夫だよ、ほっしーちゃん。中身は柔らかいし、優しいんだよ。暗い海の底っていう環境がそうさせているだけ」
「まぁそっか……」
きっとこの恐怖はなかなか消えないし、アタシの心とは相容れないかもしれない。
けど、海の底でゆったりと生きていることは、格好いいかもしれない。
「群れだ……」
小さなカニが、より小さなカニを導くように進んでいく姿は、美しいようにも思えた。
少し気持ちを落ち着けて、アタシは海の底の生き物から目を逸らした。
「この海谷に沿って、もう少し南だよね」
「うん」
ディストレスに関係する磁場の発生源。
アタシたちは慎重に海の底を進んだ。
不確かな灰色の水の底を。
「……何ココ!!」




