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真っ白な明るい空間から、薄暗いトンネルを進むと、深い青い世界。
珊瑚の間を楽しそうに泳ぐ、黄色や桃色や青い魚。
カクレクマノミとナンヨウハギ。
黄色い縞のバナナフィッシュ。
あらゆる海に繋がる窓みたいに、ほんの少しだけ、自分ではない何かになれるような時間が訪れる。
隣にいる腹心の友の瞳も、同じように煌めいている。
七色の光の中を揺れる海月たち。
怪しくも美しいこの生きものたちは、見知らぬ生きもののようで、自分みたいだ。
「綺麗だね……」
悠久に思える時間がゆっくりと過ぎて行く。
「こうしてると、全部、良くなるね」
水の中をゆっくり揺蕩う。
静かに、ただ、ゆるやかに。
「そうだね」
それは穏やかで、優しさに溢れているように思う。
ずっとこんな時間を望んでいた。
ただそこに存在する優しさ。
美しく、穏やかな。
「ねぇ、ニュースで見たんだけどさ、ほっしぃ、ブルーホールに行ったんでしょう?」
ショーコがぽつりと言った。
「えっ?」
水槽の周りは、ひんやりとしていた。
本当の温度は分からないけれど、そう感じた。
「行ったよ」
怖かった。
「怖かったよ」
ショーコが驚いたようにアタシを見た。
「……そっか」
「でも綺麗だったよ」
「そっか」
ショーコの瞳は、揺蕩う海月を見ていた。




