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薄明のハイドロレイダー  作者: 小木原 見縷菊
六月のブルー……——灰色の雨
271/751

264.5 手記①

 心が千切れるくらいに泣いた。


 朝も夜も、分からないくらいに……——。


 意味が分からなかった。


 自分に訪れた出来ごとが、嘘か本当かも。



 ——三人で暮らしたアパートが、知らない家のように落ちつかない。


 むなしさから逃れるように、仕事にのめり込んだ。


 しばらく、家には帰らなかった。



 ——しばらくして、同僚なかまの顔が見えるようになってきた。


三島みしま君にしてもらったこと、沢山あるよ」


 そう言って微笑わらってくれた人もまた、大切な人を失っていた。



 ——久しぶりに帰ったアパートには、仁花にかとハジメにいの温もりがった……としか思えなかった。


 ——嘘であることを確かめるように、ひたすら調べた。


 ——そして、絶望する。


 ——繰り返しては霞のようにうつろう、生きる意味。


 ——甦る声と、枯れない涙……。


 ——必死で繋ぎ合わせて前を向く。



 けれど人は笑えるようになるのだ——



「サブロー君……!」


 暖かく抱きしめてくれる温もりに、ハジメ兄(あに)仁花あねの生きた意味を思い出す。


 絶望の狭間で集めたピースを繋ぎ合わせて、俺は太平洋のエリアBに辿り着いた。


「連絡出来なくてごめんね……私自身、まだ辛くて」


 瞳を潤ませるボブヘアの女性は、当時、仁花にかの部下だった、今はエリアBの特務機関所長をしている小松さんだ。


「まだ一年も経っていませんから……」


 あの出来事から、まだ8ヶ月……。


「雰囲気が三島みしま主任に似てるね。サブロー君」


 そう言われたのが嬉しかった。


「ここはね、あの日、月で試運転をしていたスタッフで運営しているの」


 あの日から情報が錯綜さくそうし、特務機関も散り散りになった。


 誰がどこで何をしているのか……調べる気持ちになるのに8ヶ月……。


 でも俺はどうしても探さなければいけない人がいた。


「姉の恋人を探しています」


 今更だと思った。


 ——それでも。


「艦長は特務機関を辞めたわ」


「生きているんですね!?」


「危険よ……」


 ——それでも。



 ブリリア・オブ・ノアの副艦。


 仁花にかが赴任した特務機関電子工学科学研究所第二課が製作した薄暗いジオラマルーム。


篠坂しのさか拓海たくみさんですか?」


 太平洋にうつろに空いたブルーホールを見つめて、その男はたたずんでいた。


 消えてしまった大世界の人工島(アイランドオブピース)を見つめて……。


「……どうやってここに来た」


 仁花あねの最愛の男—— 特務機関電子工学科学研究所元所長——ブリリア・オブ・ノア元艦長、篠坂しのさか拓海たくみ


「室内でも外さないのか」


 仁花にかに貰ったサングラスを俺は外したことが無い。


「……強化シリコンを合成して……磁場を遮断してここに来ました」


「……三島みしま仁花にかの遺産か」


「……三島みしま三朗サブローです」


「お前が……」


 驚いたようにこちらを見たその瞳は、仁花にかの好みのタイプに思った。


三島みしま仁花にかには似ていないな……ハジメさんにも」


 二人と俺は同じDNAを継いでいるけれど、直接の血のつながりがい。


 でも、篠坂しのさか拓海たくみのその言葉は、そのままの意味ではなく拒絶のように思った。


「恨みごとを言いに来たのか」


 そうかもしれない。


 仁花にかを愛していたなら何故、救ってくれなかったのか。そう思ったこともった。


「違います。これを」


 俺が贈ったターコイズのペンダント。

 肌身離さず付けてくれていたと、仁花にかの仲間に聞いた。


 こうするのが正しい気がして、俺は篠坂しのさか拓海たくみを探し出した……。


 こいつが悪いわけでは無いこともどこかで感じていた。


 ……仁花にかの背中を押したのは……IOPに送り出したのは、むしろ自分だった。


「何故、お前がこれを……」


「姉の形見です。俺が贈りました」


「弟……が……」


 篠坂しのさか拓海たくみが驚いている理由も分からないし、知りたくも無かった。


 俺はただ知りたかっただけなのかもしれない。姉が本当に幸せだったということを。


「今更だ……」


 許されたかった。姉が幸せだったことを知って。これを届けることで。


三島みしま、何故お前が泣く?」


「えっ……?」


 涙が止まらなかった。


 許されない罪を背負って、俺は何故ここにいる。


「それはお前が持っていろ、三島みしま三島みしま仁花にかの心には、どちらにしろずっとお前が居た」


 誰かにそう言って欲しかった。


 許されたかった。


「何故、アンタはここに居るんだよ!」


 ……こいつが悪いわけじゃない。


「一人で!」


 誰が悪いわけじゃない……


「……一人じゃない……」


 でも涙が止まらなかった。


副艦これを作ったのは三島みしま仁花にかだ」


「……ッ」


三島みしま、お前が成すことは何だ……三島みしま仁花にかの願いは……」


「……ホーリーチェリーの殲滅せんめつだ……」


「逃げろ、コロニーに」


「意味が無い。AId(エイド)に勝たなければ……だから篠坂しのさかさんはここに居るんだろう、たった一人で……」


「……」


「特務機関は、誰も諦めていませんよ。あなただけが仁花にかを愛していたんですか?……手伝ってください……仁花にかの願いを」


 目の前の男は、確かに仁花にかが愛した男だと分かった。


「お前が弟だなんて……知りたく無かった……似すぎている……彼女に……」


 張り詰めた糸が切れるように、篠坂しのさかさんは泣いた。


 自分を見つめるように俺はただそこに居て、夜が来て、朝が来る。


 言葉が無いままに、ピースを集める。


 大切な人の残火も。


 ——そして……。

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